3.売り渡します! | ||||||||||||||
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その日の夜、北条太郎邦時様と用心棒は伊豆山へ向けて立った。
入り変わりで船田義昌がやって来た。
昼間の人相の悪い家来たちをドヤドヤ引き連れて。
「よう!」
「ひゃっ、もう来た!」
私は嫌な予感がした。
義昌は、私を絶望の淵に陥れることを言った。
「明日来ようと思ったが、おぬしたちが逃げるといけないので、今日また来てやった。この通り、太郎邦時の顔を知っている者を連れてきた。今から本人か別人か確認する」
連れてこられたのは私の妹に仕えていた、私も見知った侍女だった。
「お久しぶりです〜」
「ど、どうも」
これほどうれしくない再会はなかった。
義昌がキョロキョロして聞いた。
「で、太郎邦時はどこだ?」
「太郎邦時なんていませんっ!」
「もとい。太郎邦時に似た中間はどこかな?」
「まだ帰ってきてませんて!」
「そうだった。夜まで帰らないといっていたな。しばらく待たせてもらおうか」
「もう夜になりましたんで、どこかに泊まってくるかもしれませんけど」
「構わぬ。最高の手柄を挙げられるのなら、いつまでも待ってやろう」
「……」
「ところでついさっき、子供と用心棒風の男がこの家から出かけて行ったが、あいつらは誰かな?」
「……。はあ?。この家からですか? 通行人じゃないですか?」
「いや、確かにこの家から出てきたそうだ」
「……」
「しかもその子供の風貌が太郎邦時に似ているという者がおる」
「!」
私は震えた。ガタガタと歯が鳴った。脚まで震えてきたため、交互の足で踏みつけた。
義昌は、私の妹に仕えていた侍女を前面に出してきた。
「そうだ。この女が似ていると言っているのだ。太郎邦時にな」
「ソックリでしたよね〜?」
侍女は同意を求めた。
「……」
同意できるわけなかった。
前面は義昌に代わった。
「子供と用心棒はどこに向かった?」
「……。し、知りません」
「本当に知らないか?」
「……」
「もう一度確認しておこう。残党の行方を密告した者には褒美を与える。残党をかくまった者は残党共々処刑する」
「……。ウウッ!」
私はもう降伏するしかなかった。
『よいか、どんな手を使ってでも太郎をかくまい続けてほしい。そしていつか得宗家を再興するために、太郎を担いで決起してくれたらうれしいぞ』
高時様の顔が思い浮かんで涙があふれた。
(申し訳ございませぬ……)
私は高時様に謝った。
(申し訳ございません……。私は御曹司を守り通すことができませんでした……。私が無能で非力だったばっかりに……)
悔しくてたまらなかった。こぶしで床をたたいても、どうなるものでもなかった。
(こうなったからには、お二人のカタキは、私が必ず取りますから……。取って見せますから!)
私は涙を振り払った。カタキを取るためには方針を変えるしかなかった。
私は、私だけでも生きられる道を選んだ。
義昌に確認した。
「今からでも遅くはありませんか?」
義昌はキョトンとした。
「何がだ?」
「残党の行方を密告した者には褒美を与える。残党をかくまった者は残党共々処刑する。これらは今からでも遅くありませんか?」
義昌は理解した。ニヤニヤを増幅させた。気持ちの良い笑顔ではなかった。
「遅くはないぞ。武士に二言はない」
私は水のように言った。
「そうそう、思い出しました。さっきの通行人の顔は私も見覚えがあります。確かにあれは太郎邦時でした。この私が見間違えるはずがありません。あれは私の元主君で甥っ子なのですから」
「よくぞ申した!」
義昌の笑顔はますます醜くなった。
「――で、ヤツラはどこへ行ったのだ?」
「それも声をかけた者がいるので聞いています。伊豆山権現でかくまってもらうそうです」
「ムホホホッ!」
義昌の醜さは沸騰した。
彼は人相の悪い家来たちに命じた。
「聞いたか!太郎邦時は伊豆山へ向かったそうだ!者ども、すぐに追って捕まえて手柄にせよっ!」
「おーっ!」
「五大院。本人確認が必要のため、ついてこい!」
「ははあっ」
太郎様は相模川で捕まえられた。
川を渡ろうと渡守を待っていたところを、私が、
「あれです!あれが太郎邦時です!間違いありません!」
と、指差したため、人相の悪い家来たちがいっせいに襲い掛かって生け捕りにしたのだ。
当時は高貴な人は輿(こし)か籠(かご)に乗せて護送する習わしだったが、そんなもん用意してなかったため、馬の背に荒縄で縛りつけて鎌倉まで護送することになった。
「痛いよ〜、きつく縛りすぎだよ〜」
太郎様の哀れな姿は沿道の人々の涙を誘った。
「何あの子!」
「縄でぐるぐる巻きにされてる!」
「かわいそ〜、かわいそすぎる〜、ほどいてあげて〜」
「ダメなんです。あの子は大罪人の子なんで」
「大罪人って誰よ?」
「得宗北条高時。そしてあの子はその長男の太郎邦時くん」
「何それ!そんならあの子もタダじゃすまないじゃないの!」
「そう。鎌倉に連れられて首をはねられちゃうんだって」
「むごい話だ。あんなにまだ幼い子なのに」
人々の話は、義昌について鎌倉へ帰る私にも聞こえてきた。
「それにしても、あの子にも家来いたんでしょ?あの子が捕まるとき、その家来は何をしていたのかしら?」
「それがな、あの子が捕まったのは家来の密告によるっていうぞ」
「どゆこと?」
「褒美欲しさに主君を売り渡した家来がいたってことだ」
「なんだって!」
「新情報が入った!なんと、そのその家来は、邦時くんのおじさんだそうです!」
「ひでえ!身内かよ!そんな卑怯な裏切り者、人間じゃねえ!」
「カネのためなら何やってもいいのかよ!冷血守銭奴め!そいつも死ねやっ!」
私の心は鎌倉に着くまでにズタズタになった。