3.アホボンからの卒業

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安保法制あんぽんたん
1.嵯峨派vs西院派
2.おいしそうなエサ
3.アホボンからの卒業
4.やっぱり仲良しが一番

 嵯峨上皇の病は日増しに重くなりました。
 そんな折、私はある人から呼ばれました。
 中納言
(ちゅうなごん)藤原良房です。
「殿下に聞きたいことがあります」
「な、何ですか?」
「春宮坊
(とうぐうぼう。「古代官制」参照)帯刀舎人(たちはきのとねり)伴健岑って、御存知ですよね?」
「ええ。知ってます。皇太子
(恒貞親王)の側近ですので」
皇太子殿下とはよく会われるのですか?」
「ええ、まあ」
皇太子殿下は西院系の首領です。ということは、あなた様も西院系?」
「違います。私は両派に友人がいます。一方についているわけではありません。そもそも私は平城系なんですよっ」
「あー、そんな系統もありましたよねー」
「今でもあるんですよっ」
「ないですね」
「……」
「今あるのは、嵯峨系と西院系の二系統だけです」
「で、ですか……」
「それもまもなく一系統になります」
「!」
「嵯峨系だけが生き残ります」
「!!」
「殿下も乗り換えるなら今のうちですよ〜」
「……」
「なーに、簡単なことです。あなたは伴健岑の悪口を太皇太后
(たいこうたいごう)陛下(橘嘉智子。檀林皇后。嵯峨上皇の正室。「橘氏系図」「三密味」参照)に告げ口するだけでいいんです」
「……」
「どんなささいなことでも構いません。あとはこちらで勝手に恒貞を廃太子に追い込みますから」
「……」
「御助力くだされば、殿下は皇太子です」
「!」
「嵯峨派の皇太子を用意するまで、中継ぎの帝として即位していただきたいのです」
「……」
「悪い話ではありますまい。殿下の父君は帝
(平城天皇)でした。祖父君(桓武天皇)も曽祖父君(光仁天皇)も帝でした。叔父君たち(嵯峨天皇・淳和天皇)もみな帝になりました。弟君(高岳親王)ですら、一時は皇太子になりました」
「……」
「なのに、殿下だけは皇位にかすりもしませんでした。殿下たった一人だけが、ただのアホボンでした」
「ううっ!」
 私はムカッとしました。ムカムカッと悔しさがこみ上げてきました。
 良房は付け入ってきました。
「密告、やってくださいよ〜。殿下の決断次第で、殿下はアホボンから卒業できるんですよ〜。夢にまで見た帝になることができるんですよっ。いいえ、殿下だけではありません。殿下の皇統が『在原さん』から皇族に返り咲いちゃうんですよ〜」
「!」
「どうしますか?在原さんのお父さん」
「ううぐっ!」
「やりますか?やりませんか?」
「やるよっ!やりゃいいんだろっ!」
「その意気です」
 良房は満足したようでした。彼はちらと横を見て言いました。
「うわさをすれば影です」
「え?」
伴健岑が来ました。うまくおとしめてやってください。では殿下、私はこれで失礼します。次にお会いするときは、殿下ではなくて陛下におなりかもしれませんね。へへっ」

 良房はお辞儀して去っていった。
 入れ替わって伴健岑が近づいてきた。
「お久しぶりです阿保親王殿下」
「おお、舎人殿」
「今のは中納言卿ですよね?何を話されていたんですか?」
「ただの世間話だよ」
「拙者はどうもあの人は苦手なんですよねー」
「どうして?嵯峨系の有望政治家だから?」
「そうじゃないですよ。だいたい世間は騒ぎすぎですよ。西院系と嵯峨系が最終抗争?バカバカしい!両派は世間が騒いでいるほど仲が悪くありませんから」
「だろうね。でも、向こうからケンカをふっかけてきたら戦うんでしょ?」
「そりゃ正当防衛は行使しますよ。都が危なくなったら、皇太子殿下を連れて東国にでも逃れますよ。拙者だって武官の端くれですからね」
「当然だろうね」
 私は嫌な笑みを浮かべました。
 健岑は去っていきました。
 私が彼をおとしめるには、それだけで十分でした。

 私はこのことを封書にしたためて洛西の嵯峨院(さがいん。後の大覚寺など。京都市右京区)にいた太皇太后・橘嘉智子に密告しました(「三密味」参照)
「国家大乱が起こった場合、伴健岑皇太子を担いで東国へ向かうそうです」
 驚いた嘉智子は私を呼びつけました。
 彼女のそばには良房も控えていました。
 彼女は問いただしました。
「訴えている意味がよくわかりません。もう少し詳しく説明してください」
 私はおどおどしていました。
「私が聞いたのはそれだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
伴健岑に反逆心があるということですか?壬申の乱の時の天武天皇のように、東国で兵を募って都へ攻め上ってくるということですか?」
「そ、そこまでは……」
 良房が助けてくれました。
「太皇太后陛下。健岑の心境は健岑にしか分かりません。他人に聞くより、本人を逮捕して問いただしてはどうでしょうか?」
「では良房、やってくれますか?」
「やりたいのは山々ですが、中納言兼左兵衛督
(さひょうえのかみ)だけの私には逮捕権限がありません。陛下の兄君・橘氏公(たちばなのうじきみ)公が兼ねている右近衛大将(うこのえのたいしょう)でも頂戴できれば話は別ですが」
「やむをえません。兄には私から話しておきます。今日からあなたは右大将です。ただちに関係者を逮捕しなさい」
「ははーっ」

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