3.とっておきのみなさま | ||||||||||||||
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「言いたいことはそれだけか?」
大和守・藤原輔公は、滞納を正当化して逆ギレした大蔵大夫・藤原清廉に、最後の手段を使うことにした。
輔公は外の侍に命じた。
「用意しておいた『とっておきのみなさま』を連れてこい。壺屋の中に入れる」
「はい」
清廉は余裕だった。
「何が『とっておきのみなさま』だ。私を痛い目にあわそうとでも言うのか?おもしろい!返り討ちにしてくれるわ!」
清廉は、腕に覚えがあった。
輔公は「とっておきのみなさま」を中に入れさせた。
「じゃじゃじゃじゃ〜ん」
まず、一人が中に入ってきた。
「がお、がお、がお」
「?」
いや、一人ではなくて、一匹だった。
清廉は目が合ってしまった。
「!」
ヘビみたいなそいつの目と合ってしまった!
「ネコじゃないか!」
清廉から余裕の笑みは消えた。
顔が青くなり、身震いまで始めた。
「わっわっ、私が何より大嫌いな、ネコチクショーじゃねーかー!!」
それはやや大きめの、灰毛斑(はいげまだら)の猫であった。
「なお?」
猫は足音も立てずに清廉に近づいてきた。
清廉はばたついた。
「寄るな!来るな!あっち行けっ!」
猫は一匹だけではなかった。
「にゃあ!」
「みゅー!」
「ふにゃ〜ん」
「にゃおう!にゃおう!」
総勢五匹も放たれた。
それらがそれぞれ、飛んだり、跳ねたり、すり寄ったり、寝転んだり、猫パンチとかしてきたりするのである。
清連は発狂しそうになった。
「こわっ!キモッ!汚なっ!クサッ!ギャー!やめてくれー!」
輔公は立ち上がった。
「では、どうぞごゆっくり」
と、壺屋を出ると、
「待て、私も出るっ」
と、清廉もついて出ようとした。
「ダメだ。税を納めないヤツは、しばらく猫と遊んでなっ」
ドカッ!
輔公は突き放すと、
バタン!
ガチャガチャガチャ!
戸を閉めカギかけて閉じ込めてしまった。
「そんな殺生な〜。ヒャー!ヒャー!こいつ、もふもふじゃねーかー!にゃあにゃあやかましすぎー!イタッ!かむんじゃねえ!ひっかくんじゃねえ!しがみついて蹴るんじゃねえー!」
しばらく清廉はギャーギャー騒いでいたが、静かになったため、輔公は侍に様子を見に行かせた。
「大夫はどうした?」
「ほぼ死んでます」
「よし、もういいだろう」
輔公は猫を全部外に出してあげた。
清廉はぐったりしていたが、猫がいなくなったのを知ると、すぐに元気を取り戻した。
「守はひどいことしますな。まさしく、ケダモノですわ」
「大夫が滞納するから悪いのだ。さあ、硯と紙を用意した。筆もある。滞納分五百七十石余りのうち、とりあえず五百石を宇陀(うだ。奈良県宇陀市)にある我が館へ送るよう下文を書くのだ」
「えー、今すぐぅ〜」
「今すぐだ。書かないと、また猫たちを入れるぞっ」
「やだ!やだ!やだ!そればかりはやめてください!あんなことされたら、今度こそ発作を起こして死んでしまいます!命あってのものだねです!書きますって!書きますからお許しをぉ〜!」
輔公の作戦は大成功であった。
世の人は清廉を、「猫怖(お)じの大夫」とあだ名したという。
[2018年5月末日執筆]
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