1.アヂー! | ||||||||||||||
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昔々、おれは京都に住んでいた。
京都の夏は格別だが、その日は特に暑い日だった。
「暑いなー」
家でゴロゴロしていたおれが言うと、妻が不機嫌に言った。
「『暑い』はやめて。余計に暑くなるから」
妻は飯を炊いていた。額に汗してかまどに筒で息を吹き掛けていた。
おれは寝返って言った。
「なあ。こう暑いときは鮎鮨でも食べたいよなー。そうだ!おれが昨日釣って来た鮎があったじゃないか。あれで作ってくれよ」
妻は向き直ると、じと〜っと言った。
「隣の奥さんに作ってもらえば〜」
おれは思い出した。
そういえば妻は昨晩、隣の奥さんに鮎をおすそ分けに行ってから機嫌が悪くなったのだ。
「隣の奥さんがね、あんたのこと『いい男だねー』だって!」
自分でそう言っておいて、おれが、
「そうかあ〜」
と、思い出し笑いをしていたところ、妻のツノがだんだん伸びてきたのである。
おれは起き上がった。
こういう時は離れるのが一番いい。
「ちょっと、出かけてくる」
「どこへ?」
「知人の家」
「知人って、隣の奥さん?」
「違うって!」
おれは馬に乗って出かけた。
出てからしばらくして振り返ってみると、妻が戸のかげからのぞいているのを見た。
おれは笑っちまった。