2.オエー!

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アユ(鮎・年魚・香魚)
1.アヂー! 
2.オエー! 
3.グワー! 

 知人は在宅のようだった。
 それはいいが、門の前で見知らぬ女がうつ伏せで倒れていた。
(なんだ? 行き倒れか?)
 おれは女に近づいた。ピクリともしないので、落ちていた棒で突っついてみた。
「うーん」
 女はうなった。
(お、生きてた)
 女のそばに平桶
(ひらおけ)が置いてあった。売り物を入れた桶のようだ。
(行商の女か)
 桶はふたが少し開いていて、中にはうまそうなものが入っていた。
(お、鮎鮨じゃん!)
 女は寝返った。仰向けになった。ガオガオ大いびきをかき始めた。同時にもわ〜んと酒臭い息が漂ってきた。
(ウッ! なんだコイツ! ひどい酔っ払いじゃねーか!)
 そうと分かったおれは、放っておいて知人の家に入っていった。

 知人の家で将棋を一局してから帰ろうとすると、女はまだ寝ていた。
 胸ははだけているが、寝顔は気持ち悪いし、色気もへったくれもない。
 おれはとっとと馬に乗って帰ることにした。
「ヒンヒン!」
 間が悪く馬がいなないた。
 女が目覚めた。寝起きの顔はだらしなかったが、ドブネズミがきょとんとしているようで、少しかわいく思えた。
 おれは思った。
(鮎鮨、買おっかなー)

「うえっぷ!」
 女はげっぷした。みるみる顔が気持ち悪くなってきた。すさまじい形相に変化してきた。
「ごぶっ!」
 女は口を押さえた。バッとそばにあった桶をかい寄せると、ビューンとふたを放り投げた。
 おれはいやな予感がした。
 予感は的中した。
「ごぼっ! うえぇぇぇぇ!」
 女は吐いた。
 桶の中に思いっきり嘔吐
(おうと)した。
 例の鮎鮨の入っていた平桶である。

「やばっ!」
 女は失敗に気づいた。あわてて周りの様子をうかがった。
 おれはとっさに視線をそらした。
「誰も見てないね」
 女は言った。
 おれはますますいやな予感がした。見ると、女は吐いたものをグチョグチョと混ぜ合わせていた。鮎鮨はもともとグチョグチョなものなので、見た目は全然分からなくなった。
「これでよしと――」
 そこへ、何も知らない男がやって来た。
 平桶の中をのぞいて見て、舌なめずりした。
「おいしそうな鮎鮨ですねー。少しくださいな」
 女は笑顔で平然とよそい始めた。
「ありがとうございます。おいしいですよ〜。へっへっへ!」

「うぷっ!」
 おれはおれが嘔吐したくなってきた。
「おえー! ありえねーっ!」
 胸がムカついてきたおれは、馬を飛ばして家に帰った。

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