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ホーム>バックナンバー2023>令和五年5月号(通算259号)爆弾味 爆弾三勇士2.じーん
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「陸相閣下」
「何だ、参謀次長」
「昭和七年(1932)二月二十二日早朝、上海派遣軍の十二師団が廟行鎮(びょうこうちん。廟巷鎮。中国・上海市宝山区)を突破しました」
「陸軍なのだな? よろしい。敵は守りを固めていたようだが、どうやって突破した?」
「工作部隊三名が鉄条網に破壊筒を突っ込ませて爆破させたそうです」
「お手柄だな。そいつら、出世するぞ」
「いえ、もう出世はできません」
「なぜだ?」
「三名とも爆死して血まみれの肉片になってしまいました」
「残念だな」
「そうです。彼らは失敗しました」
「失敗ではない。彼らが突破口を作ってくれたのだ。成功といえよう」
「はあ」
「いや、これはどう考えても成功だ。彼らは自らの身を犠牲にして突破口を切り開いたのだ。そうだよ! 彼らは最初から死ぬつもりでこの作戦を決行したのだ! そうに決まっている! 何というあっぱれな心がけな勇士たちであろう! ううう、感動しすぎて涙がちょちょぎれるわっ! まるで日露戦争の橘周太(たちばなしゅうた)中佐や広瀬武夫(ひろせたけお)中佐のような見事な軍神っぷりではないか!」
「はあ」
「ぜひ、爆弾三勇士たちの名前を聞いておきたい」
「え? ばくばく?」
「爆弾三勇士だっつーの。私がたった今名付けた軍神たちの名前だよ。廟行鎮突破の工作を決行したのは誰と誰と誰なんだ?」
「あ、はい――。北川丞一等兵と江下武二一等兵と作江伊之助一等兵と聞いています」
「わかった。よーく覚えておこう」
死んだ三名はそれぞれ二階級特進して伍長になった。
新聞各紙はこぞってこの「美談」を書き立てた。
「帝国万歳と叫んで… 吾身は木葉微塵 三工兵点火せる爆弾を抱き 鉄条網へ踊り込む(東京朝日新聞)」
「これぞ真の肉弾! 壮烈無比の爆死 志願して爆弾を身につけ 鉄条網を破壊した三勇士(大阪朝日新聞)」
「点火爆弾を抱き 鉄条網を爆破す 廟行鎮攻撃の三烈士 肉一片を留めず(東京日日新聞)」
「肉弾で鉄条網を爆破す 点火した爆弾を身につけて 躍進した三人の一等兵 忠烈まさに粉骨砕身(大阪毎日新聞)」
「爆弾を抱いて鉄条網へ 壮烈!決死隊以上 廟行鎮の敵陣突破にこの犠牲 無双、三勇士の最後(読売)」