4.深草少将、通う通う

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1.深草少将の正体 2.小野小町との出会い
小野小町のストーカー
3.深草少将、口説く
4.深草少将、通う通う

 翌日から、宗貞は小町の家に通い始めた。

 宗貞の家は、先述したように深草にある。現在の欣浄寺(ごんじょうじ)だという。
 一方、小町の家は小野の里
(京都市山科区)にある。現在の随心院(ずいしんいん)にあったという。その間、直線距離にして五キロほどだが、山を一つよっこらよっこら越えなければならない。

 宗貞は雪の日も、風の日も、小町の家に通った。
 毎日一個ずつ、カヤの実を持っていって、これを小町が貯めて日を数えたのである
(秋田県湯沢市の伝説では、毎日一株ずつ、シャクヤクを植えていったことになっている)

「やるわね」
 カヤの実を見て、小町は鼻で笑った。たまってくるにつれ、ちょっと不安になった。
 それにしても、宗貞は忙しい蔵人頭のはずである。断りきれない勤務や付き合いもあるはずなのに――。

 五十日が過ぎた頃、小町は何気なく聞いてみた。
 すると宗貞、
「仕事は辞めたんだ。みんなにはもう出家したって言いふらした」
 なるほど。それなら仕事に行かなくてもいいし、付き合いに行かなくてもいい。
(なんてヤツ〜)
 小町は困惑した。でも、言い聞かせた。
(ふふん。でも、そろそろ「すけこまし」の虫がウズウズし始める頃よ)

 確かに、宗貞はウズウズしていた。
 でも、そのウズウズは、百日目の妄想がすべてかき消してくれた。
「待て待て。ほかの女のところには、百日過ぎてから通えばいいんだ」
 風邪気味で体調が悪いときも同じだった。すけこまし根性が彼を立ち上がらせ、小町の家へ足を向けさせた。
「おれは負けない! おれは通うんだ! なぜならおれは、誰にも負けない『すけこまし』だからだっ! そこに美女がある限り、おれはずっとずっと通い続けるんだーっ!!」

 七十日が過ぎ、八十日も過ぎた。
「まさか……」
 百日目が近づいてくるにつれ、小町の不安はますます増してきた。
 小町の脳裏にも、宗貞が描いている妄想が、ブヨブヨ浮かんでくるようになった。
 宗貞にとって至上の天国は、小町にとっては地獄だった。
「やめて! こんなもの! こんなもの! こうしてやるっ!」
 彼女は脳裏に群がる妄想を、バッサバッサ暴れて破り消した。
 正気に戻った彼女は、きれいな顔して汚い手を思い付いた。
「そうだわ。じゃましてやろっ」

 小町は侍女を呼んだ。自分の一張羅を着せて、とびっきりおめかしさせた。
 侍女は喜んだ。
「くれるんですか、これ?」
「ええ、あげるわよ。ほかのもいっぱいあげるわよ。ただし、あいつを誘惑してしっかり捕まえてここへ来れないようにしてくれたらね」
「えっ、そんな〜」
 気の進まない侍女を、
「つべこべ言わずに早くお行き!」
 小町は追っ払うようにしてしりを蹴
(け)ってけしかけた。

 が、その日も宗貞はやって来て、侍女はべそをかいて戻ってきた。
 小町は侍女をしかり飛ばした。
「どうしてあいつをここに来させるのよ! あんた、色仕掛けで捕まえてたんじゃなかったの?」
 侍女が言った。
「してました。してましたけど、『あと二十日たったら、心置きなく一緒に遊ぼう』ってことになって――。うふふっ!」
 二十日といえば、百日通いが過ぎてからのことである。
 小町はカチンときた。楽しみそうにうれしそうにしている侍女の態度にも、ムカついてたまらなかった。
「あの、すけこまし〜!」
 そして、ますます嫌気が差した。絶対にそんな男と寝るもんかと強く固く心に誓った。

 九十日が過ぎても、宗貞はせっせと通い続けてきた。
「もうすぐだね〜」
 宗貞はニッタリ笑った。白い歯が光った。目の星まで輝いた。
 小町はゾッとした。
(なんとかしなきゃ――)
 小町は考えた。かわいい顔して怖いことを思い付いた。
(そうだわ。永遠に来れなくしちゃえばいいのよ。ひひっ! こうなったらもう何でもありだわっ)

 小町は腕の立つ刺客を雇った。名前は仮にZとしておこう。
 小町は刺客Z頼んだ。
「百日目の朝に、あいつに脅しをかけてほしいの。『今日、小町の家に行くつもりなら、殺すぞ』ってね」
「がってんでさぁ」
 が、刺客Zが問うた。
「でも、宗貞が『それでも通うんだーっ』って言ったら、どうしやす?」
「殺しておしまい」
「分かりやんした。報酬は高いですぜ」
 小町が聞いた。
「あなた、あたしのこと、興味ある?」
「え?」
「宗貞を殺してくれたら、あいつの代わりにあなたの思いを遂げさせて、あ、げ、るっ」
 コワモテの刺客Zの顔が紅潮した。赤いものが鼻から垂れた。そして、
「わーい!」
 と、大喜びして出かけていった。

 刺客Zが出かけた後、小町は思った。
(冗談に決まってるじゃな〜い)
 でも、刺客Zが本気にしていると困るので、多分本気にしているので、新たに刺客Yを雇い、その耳元でも甘くささやいた。
「刺客Zを殺してくれたら、あなたの思いを遂げさせて、あ、げ、るっ」
「わーい!」
 刺客Yも大喜びして出かけていった。

 刺客Yが出かけた後、小町は思った。
「冗談に決まってるじゃな〜い)
 でも、刺客Yも本気にしていると困るので、多分本気にしているので、新たに刺客Xを雇い、その耳元でも――。

*          *          *

 刺客Zに脅された宗貞は、命惜しさに泣く泣く百日通いを断念、比叡山に登って僧になり、花山(かざん。京都市山科区)の元慶寺(がんぎょうじ)に住んだ(「安倍味」参照)
「ふん。小町なんて嫌いだぁー!」
 それでも花山は、小町の家の近所にある。

[2003年5月末日執筆]
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