ホーム>バックナンバー2003>ムカつくぜ 〜 藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の左遷

　藤原広嗣は、藤原式家(しきけ)の祖・藤原宇合(うまかい)の長男である(「藤原氏系図」参照)。
　宇合は、神亀六年(729)に政敵・長屋王を滅ぼし(「令和味」参照)て政権を握った藤原四兄弟の三男であるが、天平九年(733)、恐怖の天然痘(てんねんとう)の流行により、兄弟そろって死亡してしまった。(「テロ味」参照)

　藤原四兄弟のうち、最後までしぶとく生き残っていたのが、宇合である。
「わしが死んだら、藤原四兄弟政権は壊滅する……」
　宇合は死を直前にして、息子広嗣を呼び寄せた。広嗣の生年は不明だが、この頃は二十代半ばの青年と思われる。
「藤原氏は三代目にして兄弟四人を権力者に並び立たせるという全盛期を迎えた。広嗣よ、おまえの代でこの権勢を終わらせてはならぬ。皇族や他氏になど、政権を渡してはならぬ。藤原氏は永遠に政権貴族であり続けるのだ」
　広嗣は言い切った。
「もちろんだ。おれの代では、おれたち式家兄弟だけで政権を担ってみせらぁ」
　父は笑った。安心して目を閉じた。八月に父は死んだ。

　九月、広嗣は公卿への突破口・従五位下に昇格、翌年四月には大養徳守(おおやまとのかみ。大和守)に任命された。
　大養徳守は地理的には奈良県知事ということになるが、当時の奈良は首都・平城京を抱えているため、都知事ということになる。
　広嗣はこの人事に満足した。
「将来、権力者になるであろうおれにとって、うってつけの腰掛けじゃねーか」

　ところが、暴れんぼうボンボン広嗣の存在に嫌悪感を抱いている者たちもいた。
　宗教界の首領(ドン)玄�ﾑと、学界の領袖(りょうしゅう)下道真備である。
　二人は、時の執政者橘諸兄に請われ、政治顧問に登用されていた。玄�ﾑは僧正(そうじょう。仏教界トップ)、真備は左衛士督(さえじのかみ。天皇親衛隊長)・中宮亮(ちゅうぐうのすけ。皇太夫人側近)である。
「家柄が何じゃ。これからは才能がものをいう時代よ」
「学もなく、品位もなく、直情径行で乱暴者の広嗣には、宇合の後は継げぬわ」

　同年十二月、広嗣は突然大養徳守を解任され、大宰少弐(だざいのしょうに。大宰府次官)に任じられた。九州へ左遷されたわけである。

「どういうことだ！」
　広嗣は諸兄や時の帝・聖武天皇に文句をたれに行こうとしたが、玄�ﾑと真備が完全ガード。
「あ、帝(聖武天皇)も右大臣(諸兄)も、今日は御気分がよろしくないようで」
「あんたが来ると余計に御気分が悪くなるそうで。ヒッヒッ」
「陰謀だ！　陰謀だ！　てめーらの陰謀に決まっているじゃねーかっ！」
「うるさいな。早く西海の果てまで飛んでいけ」
「それとも、もっと西の方にある極楽浄土にでも、逝(い)きたいのかな〜？ ヒッヒッ」
「うぬぬぬ……」
　広嗣はやむなく九州に赴任するしかなかった。