3.恋文と恋歌

ホーム>バックナンバー2003>3.恋文と恋歌

大米帝国の暴走
1.化け物
2.絶世の美女
3.恋文と恋歌
4.のぞき
5.おじゃん

 侍従局は困った。
「いったいどうすればいいのやら」
 そこへ師直から酒や肴
(さかな)が贈られて来る。早くしろということであろう。
 侍従局は仕方なく西台のもとを訪れて、師直が好意を抱いていることを話した。
「とんでもないことです!」
 当然、西台は断った。
「そこを何とか、一度だけお会いしていただけませんか? お相手は今をときめく高様ですよ。幼いお子様の将来のためにも、悪い話ではございますまい」
「いやですって! そういうお話は、独身の方にしてくださいっ!」

 侍従局は師直に事情を話した。
「だめでした」
 でも、師直はあきらめない。
「そうか。それなら、恋文でも書いてみるか」
 ただ、自分で書くわけではなかった。字がうまくて文章もうまい達人を雇ったのである。

 雇われたのは、はるか現代までその名をとどろかせている文筆家・吉田兼好
「書けました。これで西台もイチコロです。自信作ですよ」
 兼好の言葉と恋文に師直は期待したが、西台は中も見ず、受け取ったその場で庭に捨ててしまった。
 使いが手紙を拾って帰ってくると、師直は兼好を呼び付けて怒りをぶちまけた。
「この役立たずめ! 見るも汚らわしい! 早く失せろ!」
「あの、報酬は?」
「やかましい! 貴様は今後一切、出入り禁止じゃ!」
「そんな殺生な〜」

 兼好を追放した師直は、今度は薬師寺公義(やくしじきんよし)という歌人に恋歌を贈らせた。

  返すさへ手や触れけんと思ふにぞわが文(ふみ)ながらうちも置かれず

「私の手紙はつき返されたけど、あなたが触ったんだから大事にしよっ」
 という歌に、今度は西台も返事をよこした。
「重きが上のさよ衣」
 の一言である。
 師直は喜んだ。
「これは婚礼衣装を調えて送れという意味であろう!」
 が、公義は『新古今和歌集』にある寂蓮
(じゃくれん)の歌を引用したのだという。

  さなぎだに重きが上のさよ衣わが妻ならぬ妻な重ねそ

「つまり『女犯の罪は重いぞ。密通の罪はもっと重いぞ〜』という意味でございます」
 師直は顔を曇らせた。
「なんだ。わしを突き放す歌か……」
「いえいえ。本当は高様にお逢いしたいのですが、人目をはばかって悶々
(もんもん)とされているんですよ」
「もんもんとか……。でへっ!」
  師直はニタニタした。西台が悶々している様子が浮かび、口元がゆるんだ。
「ということは、わしのことを気にし始めたのだな! さすがは天下一の歌人じゃ! よくぞ彼女の心を手込めにした! 兼好とやらと大違いじゃ!」
 公義には褒美として、その場で太刀を与えた。

歴史チップスホームページ

inserted by FC2 system