4.のぞき | ||||||||||||||
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こんなことがあってから、師直は侍従局をしょっちゅう呼び寄せて、脅してみたり、泣き言を言ったりするようになった。
「ああ、わしは西台に恋焦がれて死にそうだ。でも、彼女は人妻ゆえ、思うようにできぬ。本当は彼女もわしと逢いたいのに、逢うこともかなわぬ。ああ、ばあさんよ、わしが恋死したら、絶対に道ずれにしてやるからな。一緒に三途の川を渡るんだぞ」
侍従局はあきれた。
(あきらめたんじゃなかったのかい)
侍従局は考えた。一か八かの妙案を思い付いた。
(そうじゃ。高様は西台がどんな方かよく御存知ないから夢中になっておられるのじゃ。隠せば隠すほど、夢中になられるのじゃ。いっそのこと、西台のありのままの姿すべてを見せてしまったほうが、逆に愛想をつかせるかもしれない)
つまり、ショック療法である。
侍従局は師直に持ちかけた。
「西台に、そんなにお逢いされたいですか?」
「もちろんだ。毎晩夢に出てくるくらいだ」
「初めは、御覧になるだけでもかまいませんか?」
「うん。それでもよいぞ」
「お風呂場をのぞかれるというのでも、よろしいですか?」
「の、のぞきだと!」
「嫌ですか?
執事ともあろうお方が、そんな恥ずかしいことはできますまい」
「いや、いい! すごいいい! 早急に手はずを整えてくれ」
「舞台が準備できなかったあかつきには、私めが代わりに脱いで差し上げますので」
「……。天国と地獄か――」
数日後、侍従局がやって来て告げた。
「舞台が整いました」
師直は疑った。
「そちの一人舞台ではあるまいな?」
「いえいえ。塩冶家の女童によりますと、今夜、主人の留守中に西台が入浴されるそうです」
「そ、そうか……」
師直は、侍従局の案内で塩冶邸へ向かった。
「もう、入っているようです。こちらから御覧ください」
師直は、侍従局とともに湯屋の陰に潜んだ。
お香がほのかおる湯気がポッポと立ち上る中、ついたての隙間から中の様子をうかがい見ることができた。西台はちょうど湯から上がったところであった。
「うおっ!」
師直が感嘆の声を上げた。
「モロじゃ〜」
と、とってもうれしそうに侍従局を見た。
「それはようございました」
後はもう中だけにくぎ付け、単なるエロオヤジ状態である。
「ほお! ムチムチ〜!
ほてって紅梅のような肌じゃ〜。ああ、湯気で見えなくなった!
ア、見えた! おお〜、たまらん〜」
侍従局は、だんだん腹が立ってきた。
「あんまり騒がれると見つかりますって!」
「見つかって湯でも掛けられたい〜。ひっぱたかれたい〜」
ヤモリのようについたてにしがみついている師直を見て、侍従局は作戦の完全なる失敗に気が付いた。
「だめじゃこりゃ」
そこへ女童が慌てて駆けつけてきた。
「大変です! 御主人様が帰ってきました!」
「ゲッ! 高様! 早く逃げましょう!」
「もっとちょっと〜。や、着物着よった!
もう一回脱げ!」
「アホなこと言ってないで! 早く! 早く!」
「いやだぁ〜。見るだけはいやぁ〜」
駄々をこねる師直を、侍従局と女童は老婆と幼女と思えぬ力で引きずっていった。
なんとか邸外へ逃れた後も、師直はほうけたようになっていた。
「ええのぉ〜。やっぱり、ええのぉ〜」
侍従局はため息をついた。
「こんな人、手に負えない。もう知らないわい」
侍従局はあきれ返って田舎に帰ってしまった。