4.荒ぶる魂たち

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トランプ大統領は暴君か?
1.仁義なき戦い
2.首領になった男
3.GEDO/外道
4.荒ぶる魂たち
5.最後の晩餐

 永享十二年(1440)三月、足利義教は赤松義雅の所領を没収し、赤松満祐と赤松貞村と細川持賢(もちかた)に山分けさせた。
「解せませぬ!」
 満祐義教に抗議した。
「弟はこれまで数々の戦功を挙げてきました! ついこの前も、大和の賊・越智維通
(おちこれみち)が立てこもる箸尾(はしお。奈良県広陵町)城を落としました! その功臣が、何ゆえ所領を取り上げられなければならないのですか?」
 義教は答えた。
「赤松本家の力を削ぐためじゃ」
「なんと!」
「なんじは余の父の代に反旗を翻した。なんじの弟は宴席で殺人事件を起こした。赤松本家は前科者だらけじゃ。危険分子どもを厚遇する主君がどこにいる?」
「……」
 満祐は歯を食いしばった。
 悔しくて泣いてしまった。
 床にこぶしをたたきつけると、心の中にしまっていたものが漏れ出てしまった。
「拙者は昨年、あるお方に娘を殺されました」
「……」
「利発でかわいい娘でした……」
「……」
「彼女を殺したお方は、その前年に赤松本家の家人三人も殺していました」
「……」
「みなみな、何の罪もなく殺されました……」
「……」
「危険分子とは、そのような無体をなさるお方を言うのではありませんか?」
「無礼であろう!」
 言い放ったのは山名持豊
 持豊義教に向かって言った。
「この者は上様を危険分子だと申しました! 暴君過ぎて虫酸が走るとほざきました! これはもう切腹ものでしょう!」
「お待ち下さい!」
 義雅が満祐に代わって謝った。
「最近兄はおかしいのです!病気なのです!娘の死後、呆けたようにやる気がないのです!こんな当主はもうダメです!ただちに隠居させます!私の所領没収の件は承諾いたしました!どうかこれまでの数々の御無礼をお許し下さい!兄者、もう帰りましょう!」

 永享十二年(1440)九月、赤松満祐侍所所司(頭人)を解任された。
 応永十八年(1411)以降断続的に任じられてきたが、以後二度と任命されることはなかった。
 代わって所司に就任したのは、山名持豊であった。
「私ももうお払い箱だ」
 満祐は出仕しなくなった。
 子の赤松教康
(のりやす)に家督を譲り、弟の赤松則繁に補佐させ、自身は家臣の富田性有(とみだしょうゆう)邸に閉じこもってしまった。

「最近、満祐兄って、ぐうたらじゃねぇ?」
将軍によるいじめで疲れ果てているのだ」
 義雅から詳細を聞いた則繁も憤りを隠せなかった。
満祐兄は俺の命の恩人だ。その兄を愚弄し、さいなめ続けるヤローを俺は許さない。俺は昔、酒席で安藤という男を殺したが、今はその安藤よりも将軍が憎い」
将軍も殺すのか?」
「機会が来ればいつでも殺
(や)っている。来ないから殺らないだけだ」
将軍を殺せる機会など永遠に来ない。将軍にはかなわない。我々は泣き寝入りするしかないのだ」
「そうでもない。機会が来なければ、作るという手もある」
「良からぬことは考えるな。将軍は嫌われ者だ。おまえが殺らなくても、いずれ誰かが反旗を翻す。将軍が虐げているのは赤松本家だけではない。鎌倉府も結城家も弟の義昭
(ぎしょう)殿もつぶされた。武士だけではなく誰に対しても厳しい。東坊城益長(ひがしぼうじょうますなが)将軍の顔を見て笑っただけで所領を没収された。高倉永藤(たかくらながふじ)なる公家や世阿弥なる能楽師は島流しにされた。日親なる僧は熱々の鍋を頭に被せられて虐待された。密通していた相国寺の僧たちは処刑された。そうそう、延暦寺焼き打ちもあった。僧たちは殺戮(さつりく)され、根本中堂は灰燼(かいじん)にされてしまった。そのうわさが京で広まると、うわさをしていた人々までも片っ端から処刑されてしまった」
「そのくせ延暦寺の再建費用は棟別銭として諸大名から徴収するんだからな。燃やさせた将軍が自腹で払えよ」
将軍の無茶苦茶なところは敵だけではなく味方も攻撃することだ。管領でも四職でも守護大名でも気に入らないやつは容赦なくクビにし、時には命すら奪う」
「一色義貫と土岐持頼
(ときもちより)の殺害はひどかったな。将軍のために戦っている背後からブスリだもんな。こんな暴君の下では働きたくないぜ」
「次は『三尺入道』の番だといううわさがある」
「絶対にさせねえ!兄が殺られる前に、俺が将軍を殺ってやるぜ!」

 その頃、義教管領・細川持之と密談していた。
「世間のうわさを知っているか?」
「うわさとおっしゃいますと?」
「次は三尺入道が将軍に殺される番だといううわさだ」
「下々のうわさです。どうかお気になさらないでください」
「余はうわさなど気にしない」
「それはようございました」
「しかしこれはうわさではなく、本当のことなのじゃ」
「は?」
「余は、三尺入道を消さなければならぬ」
「え!」
「実行犯は管領、なんじに任せる」
「!」
「一色義貫を暗殺した細川持常には三河一国を加増してやった。三尺入道を暗殺すれば、なんじにも一国を加増してやろう」
「しかし満祐は家臣の館に引きこもっている身。出歩かない者を暗殺するのは難しいかと」
「宴会に誘い、出てきたところを討ち取ればいい」
「誘ったところで参るでしょうか?」
「余も行くのじゃ。余が呼んでいるのじゃ。来ないはずはない。来なければ処罰を受ける。切腹じゃ」
「わかりませぬ」
「何がじゃ?」
「上様が何ゆえそれほどまでに諸将に厳しく当たられるのかが」
「決まっているであろう。正道のためじゃ」
「正道とは、何でしょうか?」
「幕府第一主義じゃ。反乱が起これば、幕府の権威は失墜する。そうさせないためには、事前に反乱予備軍の勢力を弱めておくことじゃ。目安として、三か国以上を兼任する守護大名は危険水域とみるべきであろう」
 持之は驚愕
(きょうがく)した。
(三か国以上って……、私なんか四か国兼任守護じゃないか!)
 持之の領国は、摂津丹波讃岐土佐
「三尺入道は大きくなりすぎた。大きくなりすぎたヤツには死んでもらわねばならぬ」
「……」

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