1.宣戦布告 | ||||||||||||||
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世は長元初年(1028〜)の頃、後一条天皇(ごいちじょうてんのう)の御代、かの藤原頼通が関白左大臣(後に太政大臣)として、すべての上に君臨していた時代である。
昼下がりの平安京の街中を貧相な老僧が歩いていた。
托鉢(たくはつ)をしているらしく、笠をかぶり、手には鉢と杖(つえ)を持っていた。
「哀れな老僧にお恵みを」
しかし、道行く人は誰一人として老僧を相手にしない。
貧相な老僧は言い換えた。
「関白様の悪政のせいで哀れに成り果てた老僧にお恵みを」
若者が声をかけてきた。
「乞食(こじき)坊主」
長身で武闘派っぽいイケメン貴公子であった。
「たとえ聖人が君主であろうと、いつの時代にも政治批判をする者はいるものだ。見苦しいぞ!
貴様のその成り果ては自己責任だ! 自己の過失を棚に上げ、為政者のせいにするとは何事かっ!」
老僧はイケメン貴公子に鉢を差し出してきた。
「つべこべおっしゃらずに、お恵みを〜」
貴公子はそれを払いのけた。
「あつかましいヤツめ! 人に物をもらおうとするな! なぜ自分で働こうとしないのか!」
「仕事がないのでございます〜。関白様の悪政のせいで〜」
「また殿下の悪口を言ったな! 今度言ったら、刀のサビにしてくれるぞっ!」
「刀のサビ」という言葉に反応して、大勢の街の人がドヤドヤ集まってきた。
「こは、いかに?」
「ケンカか?」
「ジジイとイケメンが言い争ってる」
「すわ!血や肉が飛びまくるのか?」
老僧は笑った。貴公子に聞いた。
「ひょっとしてあなた様は関白様と何か関係がおありで?」
「ありもありもおおありだ! 近衛舎人(このえのとねり。天皇親衛隊員)中最強の男として関白殿下の随身(ずいじん。護衛)も任せられている下毛野公忠とはオレのことよ!」
「プッ!」
老僧は吹き出した。フッフと笑い始めた。
「何がおかしい?」
公忠に聞かれた老僧が答えた。
「フフフ。それにしても変な名前ですな。シモの毛のキンタ○とは……」
それを聞いた街も人々も吹き出した。次々ゲラゲラ笑い始めた。
「シモのなんだって?」
「いやーん!」
「そんな名前の方がおられるのか?」
「イケメンなのにぃ〜。近衛舎人なのにぃ〜」
「ブハハ! 傑作〜!」
公忠は真っ赤なって否定した。
「違う! シモの毛じゃない! キンタ○じゃねーっ! シモツケノノキンタダだーっ!」
人々はますますドッと笑った。
「もー、何回も言わないでぇ〜!」
「わーい、ホントにシモの毛だってよー!」
「よく見ると、キンタ○そのものだー!」
「えーい! 違うー! 違うっつーにぃー!!」
「やーい、キンタ○! キンタ○! キンタ○!」
「連呼すんなー! クソガキィやぁあー!!」
下毛野公忠 PROFILE | |
【生没年】 | ?-? |
【本 拠】 | 平安京(京都市) |
【職 業】 | 武人 |
【役 職】 | 近衛舎人・関白随身 |
【祖 父】 | 下毛野敦行 |
【主 君】 | 藤原道長・藤原頼通・後一条天皇 |
公忠はまだ笑っていた老僧を刀の柄(つか)に手をやってにらみつけた。
老僧は苦しそうに笑いながら聞いた。
「拙僧を斬(き)るので?」
公忠はいかにも悔しそうに言った。
「オレがもしここで貴様を斬れば、キンタ○と言われて悔しくて斬ったということになってしまうではないか」
「プププ! そんなん嫌でしょーなー。プハーッゲラゲラゲラ!あっひー!」
収まりかけていた老僧が再び大笑いした。
「クッソー! いら立つ! 腹立つ! やかましいわぁー!!」
公忠は老僧の胸倉をむんずとつかみあげた。
「よくもオレサマを笑いものにしてくれたなー! よくもよくも人前で恥をかかせてくれたなー! このままですむと思うなよっ! 今度は貴様が恥をかく番だ! 貴様にはこれよりもっともっと多くの衆前で大ハジをかいてもらうぞ! いいか! 三日後に北野(きたの。京都市上京区)の馬場で種合(くさあわせ。草合)がある。そのときに貴様はオレと対決するのだっ!」
種合とは左方と右方に分かれた役人たちが互いに珍しいものを持ち寄って対決した競技会である。品比べだけではなく雑技なども行われたようで、現在でいう東西対抗かくし芸大会みたいなものであろうか。
公忠はカッカと笑った。
「種合には役人たちが総出でやって来る! 一般庶民も大勢見物にやって来る!
そして関白殿下もお忍びでいらっしゃる! その圧倒的な衆前で、貴様はオレに惨敗して大恥屈辱赤っ恥をかくのだ!
ハハハ! 二度と人前に出られないほどにな! ハッハッハハハ! ここにいるみんなも来い!
必ず来て、この老僧の破廉恥極まりないブザマな醜態を大いに笑ってやるがいい!
そして老僧。貴様は覚悟しておけっ! 逃げようとすれば命はなーいっ!」