3.いざ対決 | ||||||||||||||
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こうして種合の日がやって来た。
「今年も北野で種合が行われるんだってよ」
「楽しみだなー。何が出るかな?何が出るかな?」
「勝つのは左方か?それとも右方か?」
京中の貴賤(きせん)上下、老若男女、大勢の人々が会場である北野の右近馬場へ向かった。行く道はすべて牛車と人で大渋滞であった。
もちろん、藤原頼通もやって来た。
女車に乗ってお忍びでである。
随身である下毛野公忠も供につく。
頼通は御機嫌であった。
「公忠。抜かりないであろうな?」
「はい。おかげさまで」
北野の右近馬場はすでにものすごい人であった。
殿上人はぎっしりと列席し、柵(さく)の周りには一般庶民も大勢見にきていた。
「今年の勝ちは左方ですな。理由は――」
「奥さん、奥さん。この券を持っていれば、特等席で見れまっせ」
「予想屋」や「ダフ屋」なんかもいたかもしれない。
やがて左方、右方それぞれから口達者な「司会者」と一番目の勝負の「対戦者」が出てきて、種合が始められた。
互いに持ってきた珍しい品物について自慢しあい「審判団」が優劣を判断して勝敗を決め、勝った方の「楽団」が勝利の音楽と舞を奏するのである。
「一番勝負、右方の勝ち!」
「二番勝負、左方の勝ち!」
「三番勝負、左方の勝ち!」
「四番勝負、右方の勝ち!」
こうして何番か対決が行われたが、左右の実力は拮抗(きっこう)していた。
「接戦ですな」
右方の大将・源顕基が話しかけてきた。
左方の大将・藤原重尹はふんぞり返った。
「うちは次は公忠が出る」
「ふん。一番ぐらいは負けても仕方あるまい。総合的には右方の勝ちよ」
「そんなことはない。総合的にも左方の勝ちだ」
左方の司会者が紹介した。
「左方。近衛舎人・下毛野公忠」
これは珍品勝負ではなく雑技なので、試合などの合間に行われるハーフタイムのようなものであろうか?
どちらにせよ、これも審査の対象に入るのである。
「おお!」
公忠が馬場に登場すると、人々は感嘆した。
あまりにも格好良かったからである。
容姿はもちろん、その馬、その鞍、その装束、太刀(たち)から弓からどれもこれも最高級のきらびやかなものであった。
「はあ!」
公忠は馬を飛ばした。
ものすごい速さである。
しかも全速力で走りながら弓を連射した。
ピュン! ピュン! ピュン! ピュン! ピュン!
バシ! バシ! バシ! バシ! バシ!
目にも留まらぬ早業であった。その上、矢はすべて的の真ん中に命中した。
観客はどよめいた。
「スゲー!」
「的が賊なら一瞬にして全滅だぞ!」
「さすが近衛府最強の男!」
「しびれるぅ〜!」
お忍びできていた頼通も、これには満足した。
「見事! 見事! さすが公忠じゃ」
続いて右方の司会者が紹介した。
「右方。貧相な老僧」
観客はどよめいた。
「ヒンソーなローソーって、なによ?」
「名前ないのか?」
「出てくる前から勝てそうにねーじゃねーか」
頼通は吹き出した。
「まあ、誰が出てきても、公忠の名人芸にはかなうまい」
いよいよ貧相な老僧が会場に現れた。
観客は一瞬の沈黙の後、大爆笑した。
「ウハハ!」
「なにあれー!」
「とんでもねー!」
頼通も唖然(あぜん)として憮然(ぶぜん)とした。
「なんだこれは……。なんたる無礼な……」
貧相な老僧は、ねじれた不格好な冠をかぶっていた。
よれよれの装束を着て、腰のところがずり下がっていた。
はかまは長すぎて、ずりずりと引きずっていた。
マヌケにも太刀の代わりに新巻鮭(あらまきざけ)を腰に差していた。
鞍は下手クソな手作りで、しかも乗っていたのは馬ではなく、ガリガリの牝牛(めうし)であった。
貧相な老僧は新巻鮭の太刀を抜いて振り回してみた。
「あ、ひょい。あ、ひょいひょい」
とってもとっても弱そうであった。
観客はますます爆笑した。
「やめてくれー!」
「ヒー! ヒー!」
「もー、だめー! 苦しー!」
「ハハハ! あんなの、どっから連れてきたんだー!」
そのうちに観客から大爆笑は大喝采(かっさい)へと変わっていった。
「こんなん見せられては、もう右方の勝ちにするしかねー!」
「そうだ右方の勝ちだー!」
「右方!右方!」
公忠は観客に向かって叫んだ。
「なんだとー! オレの渾身(こんしん)の名人芸のどこが負けなんだー!」
観客は関係なかった。
「右方! 右方!」
声は大きくなる一方であった。
しかも声に押されて、審判団が勝敗を判定する前に勝手に右方の楽団が出てきて、勝利の音楽と舞を始めてしまったのである。
バンバン! ガラガラ! がっちゃんちーん!
公忠は激怒した。
「やってられるかぁー!」
プンプン怒ってそのまま帰ってしまった。
観客ははやし立てた。
「やーい! 負けた左方の下毛野が帰っていくぞー!」
「ひっこめー!」
「あんなボロ坊主に負けては、二度と立ち上がりたくない気分でしょうな」
「うるせー! オレは認めんぞー! オレは絶対に負けてねえーっ!」
頼通も激怒した。
「右方の勝利の舞をやめさせよ! 勝敗の判定はまだ出てないではないか! あのふざけた舞人をひっ捕らえよっ!」
舞人は多好茂(おおのよしもち)なる者であった。
好茂は追っ手が迫ってきたのを見て、仰天した。
「え! 右方の勝ちじゃないの!?」
彼は一目散に逃亡した。鬼のお面をかぶったまま会場を飛び出したので、道行く子供が、
「ギャー!」
「鬼だー! 鬼が出たー!」
と、びっくりして雲の子散らすように逃げていった。
好茂はしばらく、頼通が怖くて出仕できなかった。
「なんで私がこんな目にあわなけりゃならないんだ。私は何も悪いことしてないのに」
もっと理不尽だったのは、公忠であろう。
「オレは何の落ち度もなかった。武技もこれまでになく、完璧にこなした。にもかかわらず、なんであのようなふざけた名もなき無礼な老僧に負けなければならないのだ。おかしい!
おかしすぎるっ!」
その後、この老僧がどうなったのかは定かではない。
そもそも老僧の正体すら、明らかではない。
天台宗僧・増賀(ぞうが)や、真言宗僧・聖宝(しょうぼう)にも似たような逸話があるが、いずれも時代が異なっている。
[2007年10月末日執筆]
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