ホーム>バックナンバー2020>令和二年9月号(通算227号)病気味 御手代東人の願望1.私には夢がある
吉野山(よしのやま。奈良県吉野町)で仏道の修行をする若者がいた。
名を御手代東人といった。
熱心な修行者で、すでに三年も山に籠(こも)っていた。
東人には夢があった。
「私は幸せになりたい!」
毎日毎日、観音様に大声でお祈りしていた。
「南無観世音菩薩(なむかんぜおんだいぼさつ)! どうかお願いします! 私に銭一万貫と、米一万石と、とびっきりの美女などを、しこたまください!」
ある時、お祈りの内容を人に聞かれた。
「ワッハッハ! 強欲だのう〜」
東人が目を開けると、いつの間にか目の前に額に三日月形の傷がある沙弥(しゃみ)が立っていた。
「何か問題でも? 人間の男として普通の願望じゃないんですか?」
「その通りじゃよ。おまえのうわさを里で聞いた。病気を治す法力も身につけているそうだな?」
「はい、一応」
「そういうことなら、おまえの夢をかなえてやろう」
「マジっすか!? え? ひょっとして、あなたは観音様の化身っすか?」
「わしは観音様の寺を造ったことはあったが、観音様の化身ではない。わしの名は満誓。笠麻呂と名乗っていた時期もある」
「でしたか」
「わしの知り合いに粟田必登という役人がいる(「令和味」参照)。その妹が病気になって困っているのだ。どうだ? おまえの法力で治してくれないかのう?」
「私は修行中の身なので、法力は未熟です。もっと偉い坊さんに頼んでみたらどうですか?」
「それは残念だ。その娘、とびっきりの美女なのに」
「!」
「彼女の父親は故正三位中納言・粟田真人卿(「粟田氏系図」参照)なのだ。そのためスゲー金持ちのお嬢様で、銭も米もしこたまあるのに」
「!!」
「治したくないのなら仕方がない。もっと偉い坊さんにでも頼むことにしよう」
立ち去ろうとした満誓を、
「ちょっと待ったぁー!」
東人がすごい鼻息でさえぎって言い切った。
「そのお嬢様の病気、この私が見事に治して差し上げましょう!」
「そーこなくっちゃ」