3.愛は魂から生まれる | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2020>令和二年9月号(通算227号)病気味 御手代東人の願望3.愛は魂から生まれる
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「彼は何も悪くないんです〜」
あれから粟田真人女はずっと泣いていた。
「あたしの病気を治してくれたんですぅ〜。ぴえん」
御手代東人が監禁された別殿の壁にすがりついて離れようとしなかった。
粟田人上も必登も困惑した。
「このまま色ボケニセ祈祷師を、いつまでも閉じ込めておくわけにもいくまい」
「裁きの場に出して、獄にぶち込んてもらいましょうか?」
「公にして変なうわさが広まるのはまずい」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「だから、それを考えている」
「妹は『一緒になる』って言ってます」
「バカな! 色ボケニセ祈祷師の入り婿(むこ)なんて認めないぞ!」
「でも、彼は妹の病気を治してくれました」
「あんなのは治療じゃない!」
「何より二人は愛し合っています」
「何を言っているんだ!」
「魂から愛が生まれたんです」
「意味がわからん!」
「僕は妹の結婚をあきらめていました。この機を逃せば、病弱な妹は一生結婚できません」
「……」
人上と必登は、二人の結婚を認めることにした。
身分を釣り合わせるため、朝廷に申し出て東人に五位を授けてもらった。
こうして東人は美女だけではなく、莫大な財産と位階という地位をも手に入れたのである。
数年後、真人女の病気は重くなった。
「あたしはもうダメです」
東人は励ました。
「何を言っているんだ。私は何度でも君を救ってみせるよ」
「今度はもう助かりません。もうじきあたしは死ぬでしょう」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 君が死んじまったら、いったい誰がこの莫大な財産を管理をするんだ?
私は成金だから、ゼニカネのことは分からないんだよっ! 君がいてくれなきゃ困るんだよっ!」
「財産管理については考えています。兄の娘に銭勘定が得意な子がいます。あたしが死んだら、その子を後妻にして財産を管理させてください」
「私は君が好きなんだよっ! 君の代わりになるほどの女なんていないよっ!」
「安心してください。その姪(めい)も、あたしに似た、あなた好みの美女ですから」
「へ!」
「兄も姪も承知してくれました。あたしたちの財産が手に入るんだから文句はないでしょう。姪はあたしより若くて健康です。きっとあなたを末永く支えてくれるでしょう」
「そ、そうなのか?」
「そうです。これであたしは用がなくなりました。どうやらもう意識朦朧(もうろう)になりそうです。さようなら、あなた……」
真人女はそう言い残すと、本当に死んでしまった。
「嫌だー! 帰って来てくれー! 私にはやっぱり君しかいないんだよー!!」
通夜の日、その姪がやって来た。
「はじめまして、ダンナさま」
天女のような後光を放つマブマブ大爆発な笑顔を見た時、東人は思わず、心の底からお礼を言った。
「うわあぁぁぁ! 観音さまぁぁぁぁー!! どうも、どうも、どーも、ありがとうございますぅぅぅぅぅ〜〜〜!!!」
[2020年8月末日執筆]
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※ 弊作品の根幹史料は『日本霊異記』です。