2.両国の屁っぴり芸人 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2019>令和元年10月号(通算216号)電気味 平賀源内『放屁論』2.両国の屁っぴり芸人
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朝鮮人参(にんじん)を飲んでいても早死にする人がいれば、フグ汁を飲んでいても長生きする人もいる。
一度きりの情事ではらんじゃう女がいれば、毎晩女遊びしていても嫁にばれないヤローもいる。
理不尽だが、ああ天命かな。
また、何がはやるかはやらないかもよくわからない。
趣向の良しあしによるものであろうか?
粕莚(はくえん)の気取り。慶子(けいし)の所作事。伸蔵(しんぞう)の巧者。金作(きんさく)の愛敬。広治の調子。三五郎の着こなし。大坂の梅幸(ばいこう)に江戸の富三(とみぞう)。川口(かわぐち。埼玉県川口市)の参詣。浅草(あさくさ。東京都台東区)の群集。深川(ふかがわ。東京都江東区)の相撲。吉原(よしわら。台東区)の俄(にわか)。沙州(さしゅう)は木挽町(こびきちょう。東京都中央区)で河東節の根本を広めれば、住太夫は吹屋町で義太夫節の真髄を語る。
あるいは、からくり人形。子供狂言。身振り・声色・辻談義。今に始まらないお江戸の繁栄――。
それら数え切れない流行の中に、いつの頃からか両国橋のほとりに「屁っびり芸人」が登場した。
よくよく考えてみれば、人間界は小さいもの。
天地に雷あるように、人間は屁があるものである。
この屁っぴり芸人、
「陰陽相激する〜」
の掛け声で、時に発し、時にひるのが持前。
昔から言い伝えられている屁技「梯子(はしご)乗り」や「数珠つなぎ」などは朝飯前。
砧(きぬた)、すかがき、三番叟(さんばんそう)、三ツ地、七草、祇園囃(ぎおんばやし)、犬や鶏の鳴き声、両国の花火、淀川(よどがわ。大阪府)の水車、道成寺(どうじょうじ)や菊慈童(きくじどう)、端唄(はうた)やメリヤスや伊勢音頭、一中節に半中節(国太夫節)に豊後節、土佐節に文弥節に半太夫節、外記節に河東節に薩摩節(浄雲節)、義太夫節の長いヤツも、忠臣蔵や矢口渡(やぐちのわたし)といったお芝居も、ありとあらゆる音をすべて屁だけでマネしてみせる。
とまあ、とにかくすごい物まね芸人だけど、どんなに説明したところでよくわからないと思うので、友達でも連れて観に行ってほしい。
横山町(よこやまちょう。中央区)から両国橋の広小路へ出て橋を渡らずに右へ行けば、「昔語花咲男(むかしがたりはなさきおとこ)」という大げさなのぼりを立てた見世物小屋が見えてくる。老若男女ですごい人だかりだが、あやしい男のケツが描かれた看板に向かって進んでいけばいい。
中に入ると、屁っびり芸人は囃子方(はやしかた。解説者)とともに小高い所に座っていた。
中肉色白、三日月形の撥鬢(ばちびん)男だ。
服装は縹(はなだ)色の衣に緋縮緬(ひぢりめん)の襦袢(じゅばん)を着用。
口上はさわやかで好感が持てた。
最初に放ったのは、めでたく三番叟。
とっぱ、ひょろひょろ、ピッピッピー!
後世いう、つかみはオッケーってところだ。
次は鶏東天紅(にわとりとうてんこう)。
ブ、ブウー、ブウ!
これはネタ元がわからないのでうまいか下手かわからない。
その後は水車。
ブー!ブー!ブー!
と、こきながら、
どたん、ばたん、ばたん、と、連続とんぼ返り。
「ワハハハ!確かに水車だ!」
「なんかスゲー!」
「ヒーッ! ヒーッ! 腹筋崩壊〜」
大爆笑の嵐が巻き起こったところで、 トンドンドン、と、もう終了の太鼓が鳴り、
「次の方々、どうぞー」
と、客が総入れ替えされた。
人気芸人なんでこれぐらいの回転率でないと客の大行列をさばけないらしい。