3.屁論争

ホーム>バックナンバー2019>令和元年10月号(通算216号)電気味 平賀源内『放屁論』3.屁論争

何もできねえ千葉大停電
1.屁
2.両国の屁っびり芸人
3.屁論争
4.屁は身を助ける

 私は帰りに友人の家に寄った。
「うわさの屁っびり男を見てきたぞ。おもしろかったわー」
「そうかい。俺も見たよ」
「あの屁はどういう仕組みで出しているかな?」
「さあな。何か薬でも飲んでいるんじゃないか?」
「そういえば、大坂の千草屋清右衛門
(ちぐさやせいえもん)が屁がよく出るようになる薬を開発したそうだな」
「それだよ。それを使っているに違いない」
「でも、ただ出すだけではダメなんだ。芸を磨かないと」
「そうだよ。磨いた芸がすごいから商売として成り立っているんだろう」
「それにしてもあんな商売がウケるとはな。歴史を振り返っても聞いたことかないよ」
「唐土
(もろこし。中国)や朝鮮、天竺(インド)や阿蘭陀(オランダ)にもいないんじゃないか?」
「前代未聞、古今無双の屁芸人ってことだ。大した男だよ。偉い偉い」
 感心しきりの源内に、眉をひそめる別の友人もいた。
「ぷぷっ!先生、そりゃないですぜ。そんな屁芸人に感心することありませんよ。いいですか? 屁ですよ。間抜けで臭い屁なんですよっ。そんなもん、人前でするもんじゃありませんよ。大事な集まりで屁をしてしまった武士は切腹したくなるほどの恥だと思うんです。品川の何とかという女郎は、客の前でしちゃって笑われた時に何度も自害を試みたそうですよ。万人が恥と思うような屁を見世物にするなんてとんでもありません。屁芸を看板に掲げて衆人の目にさらすなんで、ぶしつけ千万この上なしですよ。偉いなんてとんでもない。単なる無礼者ですよっ」
「別に私は放屁という行為に偉いといった覚えはない。屁ではなく、芸に感心しただけだ。放屁ではなく、努力に偉いといったのだ。それに屁自体も虐げられすぎているように思う。かの孔子
(こうし)でも屁はしていたのだ。貴賤に関わりなく、屁や大小便は誰でも毎日のようにしていることじゃないか」
「まだ大小便はいいんですよ! 肥料になりますから! それに比べて屁なんて何の役にも立たないじゃないですか! 音のしない屁なんて、ただ臭いだけじゃないですか! 屁は最悪です! この世の中に屁ほど無用な長物はありません! 屁っぴり男なんて下の下です! 世の中には偉い人はたくさんいるんです! 屁っびり男が偉いなんて二度と言わないでください!」
「そうかな。一心に修行すれば、屁芸人でも達人の領域に到達できるのだ。他の偉人たちの努力と何ら変わらないではないか。世に偉人と呼ばれている連中なんて、つまらない人たちばかりじゃないか。理屈臭い人たちばかりじゃないか。彼と比べれば、屁でもない人が多いと思うよ」

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