2.ト ビ

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ソチ五輪
1.ハ ト
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3.天 狗

 幸吉は弥作の協力を得て羽根作りに取り掛かった。
 昼間は仕事があるので、夜に製作した。
 表具屋なので材料には事欠かない。骨組みの竹を縄で結び、紙を張って作ったのである。
「できた」
 こうして右翼と左翼、二枚の羽根ができ上がった。
 合わせて広げると、三間
(約五、四メートル)×一間(約一、八メートル)の大きさになったという。
 問題は飛行実験をする場所であった。
「山から駆け下りて勢いをつけてはばたいて飛ぶのがいいだろう。どこか近くに小高い丘はないものか?」
 岡山城下は平野である。人が多いため危ないし、多くの人々に知れ渡ってしまうこともまずい。
 弥作が提案した。
「八浜八幡宮
(はちはまはちまんぐう。岡山県玉野市)は?」
 八浜は二人の故郷である。八幡宮は人里離れた小高い丘の上に建っていた。
「いいな。あそこなら人とぶつかることもない。そうしよう」

 二人は羽根を持って八浜へ向かった。
 折りたたみ式にしたため、怪しまれることはなかった。
 途中、八幡宮宮司を務める幼なじみの尾崎多門
(おざきたもん)に協力を依頼した。
「無茶な!飛べるわけないじゃないか」
 多門は笑い飛ばしたが、ついてはきてくれた。
 三人は八浜八幡宮のある両児
(ふたご)山頂に登った。
 羽根が組み立てられると、両手に持った幸吉はそれをバサバサ広げて見せた。
 多門は興味津々であった。
「でかいな。そのでかさなら、本当に少しは飛べるかもしれないぞ」
「ああ、おらは飛ぶつもりで来た」
 弥作と多門は幸吉から離れた。

 幸吉は風を待った。
 びゅーん。
 ふもとから風が吹き付けてきた。
「今だ!」
 幸吉は駆け下りた。
 勢いよくジャンプした。
 風が舞い上がった。
 幸吉は、はばたこうとした。
 が、重すぎてかなわなかった。
 ばき!
 乾いた音が羽根の先でした。
「ああっ!」
 幸吉は傾いた。下降した。みるみる地面が迫ってきた。
 立て直そうともがいたが、できなかった。
 ぽききっ!
 今度は左足で鈍い音がした。
「あおう!」
 落ちた後は時間が早送りされたようであった。ゴロンゴロンと勢いよく転落していった。
 山の中腹まで転がると、ようやく止まった。

「兄さん!」
「大丈夫か!」
 あわてて弥作と多門が駆け寄ってきた。
 羽根は無残にバキバキに折れていた。
 幸吉も泥まみれになって倒れていたが、生きていた。
「むうう……。足の骨が折れたみたいだ……」
 多門は怒った。
「骨折ぐらいなら運が良かった方だ!こんな危ないものだとは思わなかった!もうやめるんだぞ、こんなことっ」
「そうだよ。もうこれで懲りただろ?こんな実験、命がいくつあっても足りないよ」
 幸吉は起き上がった。
「これぐらいなんだってんだ。おらは愛する女を手に入れるために天狗にならなければならないんだ。足が治ったらまた挑戦する」
「無理だって!」

 弥作は万兵衛(まんべえ)にチクッた。
 万兵衛は二人の親類で、表具屋の主人であった。
「幸吉。話は聞いた。もう無茶はやめるんだ。仕事に精を出せ」
 万兵衛はこんこんと説教した。
 幸吉はうっとうしくなった。
「分かった、分かった。もう飛ぶのはやめる」
 ウソであった。
 やめるふりをしただけであった。

 骨折中は仕事にならなかった。
(失敗の原因はなんだ?)
 足が不自由なことよりも、それを考えているためであった。
 空に鳥が飛んでいた。
(おかしい。鳥はあんなに楽に飛んでいるのに、どうしておらは飛べなかったんだ)
 ぴ〜ひょろー。
 飛んでいるのはトビであった。
 トビはクルクルとはばたきもせずにゆっくりと旋回していた。
(はばたきもせずに……!?)
 幸吉はひらめいた。
(そうだ!はばたく必要なんてないんだ!はばたかなくとも滑空すれば飛べるんだ!よし!今度はそうやって飛ぼう!)

 幸吉は左右の羽根を一つにして一回り大きくすることにした。
 つまり、グライダーのようにしたのである。
 また、羽根の角度を調整しているうちに、揚力の存在にも気付いた。
 さらに足の先に尾びれのような羽を付け、飛ぶ方向を調節できるようにもした。

 いけ好かねえ女が見舞いに来てくれた。
 幸吉はあわてて製作中の「グライダー」をふすまなどで覆い隠した。
 いけ好かねえ女は気づかなかったが、話題はそれであった。
「空を飛ぼうとしたそうね?」
「う、うん。そのことをどこで?」
「みんなうわさしてるわ。表具屋の幸吉が狂って鳥になり損ねたって。天狗になろうとして墜落して骨を折っちゃったって」
「バカにしやがって。おらの純粋な気持ちも知らないで」
「純粋な気持ち?」
「あ、い、いや、何でもない。――ところで君はおらのことをどう思ってるの?」
「私もみんなと同じ気持ちよ」
「え?」
「バッカみたいって」
「……」
 幸吉は、バコーンと頭を殴られたような気がした。
 その痛みは、骨折の比ではなかった。
「おらは、おらはぁ……」
 幸吉が言おうとする前に、いけ好かねえ女が言った。
「私、結婚することにしたの。来年の夏頃に、あの男と」
「チン、チンッ、チンピラ野郎とか!?」
「そんな言い方ないでしょ」
「悪かった」
「ま、いいわ。式の後で川原で夜宴をするんだけど、来る?」
「ふん。そんなもん、忙しいんで行けないな」
「そう。無理にとは言わないわ。じゃあね」
 いけ好かねえ女は帰っていった。
 その後ろ姿に幸吉は心の中だけで言ってやった。
(行ってやるよ)
 幸吉はクックッと笑った。
 かわいさ余って憎さ百倍であった。
(行ってやらあー!夜宴をぶっ壊しになーっ!)

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