4.貴人の正体

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金属盗難ブームに沸く日本
1.大泥棒・袴垂
2.無用心な貴人
3.近寄りがたき貴人
4.貴人の正体

 あっしは男の前に飛び出しました。
 さすがに男は立ち止まり、笛を吹くのをやめました。
 あっしは刀身を突きつけて脅しました。
「悪いことは言わぬ。身包み脱いで置いていけ!」
 あっしは大声でそう言い放ちました。
 そうです。これで男はびびるはずです。

 が、男はたじろぎませんでした。
 まっすぐに見返して尋ねてきました。
「何者だ?」
 あっしは驚きました。あっしのほうがたじろぎました。
「なっなっなっ、ナニモノだぁ〜!? きっ、貴様ー! 今、自分が置かれている状況がわかっているのかーっ!」
 男はフッと笑うと、重ねて聞いてきました。
「何者だ? そこそこのワルと見たが――」
「そこそこ〜!?」
 あっしは確信しました。
 そうです。やはりこいつは気づいていたんです! 始めからすべてをお見通しだったのです!
  あっしはこの男を追い詰めていたのではありませんでした。逆にこの男に追い詰められていたんです!
 あっしの恐怖は極地に達しました。
(くぅ〜! しくじったか……)
 どうしようもありませんでした。あっしはその場にへなへなとへたり込んでしまいました。もう観念するしかありませんでした。
「へい。お察しのとおり、あっしは泥棒です。袴垂と申すものです」
 男は言いました。
「名前は聞いたことがある。私について参れ」
 逃げられるはずがありませんでした。
 あっしは男についていきました。

 男の豪邸の中に入っていきました。自邸なのでしょうか?
 それとも女の邸宅なんでしょうか?
(それにしても、盗みがいのある豪邸だわ〜)
 職業柄、思わずそう思ってしまったあっしの顔を見て、男はニヤリとしました。
 あっしは頭を振ってやましき思考をフッ飛ばしました。
(わー! 変なこと考えるなー! この御仁はすべてお見通しなんだー!)

「おかえりなさいませ、あなた」
 妙齢の女が迎えました。あっしの顔をちらと見て尋ねました。
「こちらのぼうやはどなた?」
 男が答えました。
「ドロボーよ。本物だぞ」
 女はクスリと笑いました。
「それはようございました。ヒッヒッヒ!」
 あっしは恐怖しっぱなしでした。
(こいつら、化け物夫婦か!)
 あっしは後にその女の正体を知りました。
 その女こそ、かの恋多きうかれ女流歌人・和泉式部だったのです!

 男はあっしに一着の着物をくれました。
「これからは人を襲うようなことはするな。襲いたくなったら、遠慮なくここに来るように」
「へ、へい。ありがとうございましたー。おじゃましましたー」
 あっしは逃げるように早々と豪邸を後にしました。

 でも、気になったので豪邸の主の正体を人に聞いてみました。
「ああ。あれなら摂津前司の藤原保昌
(やすまさ)様のお宅じゃよ」
 あっしは仰天しました。
「藤原保昌!! 藤原保昌といえば、摂関家の家司
(けいし。秘書長)で、 天下の御堂関白(藤原道長)配下中随一の用心棒ではないか!! ひえー! どうりで警護を一人も連れていなかったわけだー!!」

[2007年3月末日執筆]
参考文献はコチラ

「袴垂の失敗」登場人物

【 袴 垂 】はかまだれ。大泥棒。

【色ボケ男たち】
【近所の人】

【和泉式部】いずみしきぶ。歌人。保昌の妻。

【藤原保昌】
ふじわらのやすまさ。貴人。摂津前司。藤原道長家司。

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