2.熊本

ホーム>バックナンバー2012>2.熊本

ロンドン五輪
1.松江
2.熊本
3.神戸
4.東京

 明治二十五年(1892)、ハーンは松江中学から第五高等中学校(後の熊本大学)へ転任した。
 小泉節子とともに熊本
(熊本県熊本市)へ引っ越したのである。
「こっちの冬、寒くない」
 ハーンは喜んでいた。
「お気に入りの場所、発見。明日の夜、一緒に行く」
 ある晩、ハーンは「お気に入りの場所」に節子を連れ出した。
 そこは周りに何もない、ただのさびしい墓場であった。
「こわいよ〜。何もないし〜」
 節子がおびえていると、ハーンが耳を指した。
「カエルの声、聞こえます」
 なるほど、何もなかったのは、一面カエルの大合唱を引き立たせるためのようであった。

 熊本時代にも二人は旅行に出かけた。
 中国山地の田舎で、薄気味悪い宿屋に泊った。
 節子は嫌がった。
「なんか出そうですけど〜」
 ハーンはヒッヒと笑った。
「だからいいんです〜」
 ヌウ〜ッとオバアな女将が出てきて、
「こちらへどうぞ」
 と、二人を二階の暗〜い部屋に案内した。
 ぽわっ。ぽわっ。
 部屋にはなぜかホタルがいっぱい飛んできた。
 ちんちろげ〜。ちんちろげ〜。
 マツムシまで鳴いていた。 
 ぴち!ぴち!
 時折、正体不明の虫が、顔や体に当たりにきた。
 そのたびに節子は、
「キャー!キャー!」
 叫んでいた。
 御膳を持ってきたオバアに、節子が聞いていた。
「時々顔に飛んでくるのは何の虫なの?」
「へい。夏の虫です」
「そうじゃなくて、虫の名前〜」
「へい。ナツムシです」
 答えになっていなかった。
 御飯を食べて就寝してからも状況は変わらなかった。
 ぽわっ。ぽわっ。
 ちんちろげ〜。ちんちろげ〜。
 ぴち!ぴち!ぴち!ぴーちぱい!
「キャー!キャー!」
 時々薄ら明るくなり、マツムシは鳴き、ナツムシは責め、節子は悲鳴を上げ続けた。

 翌朝、ハーンはオバアに言った。
「女将。昨晩は最高だった。もう一泊」
 ほとんど死んでいた節子は、我に返って即却下した。
「もう、いやーーー!」

歴史チップス ホームページ

inserted by FC2 system