2.熊本 | ||||||||||||||
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明治二十五年(1892)、ハーンは松江中学から第五高等中学校(後の熊本大学)へ転任した。
小泉節子とともに熊本(熊本県熊本市)へ引っ越したのである。
「こっちの冬、寒くない」
ハーンは喜んでいた。
「お気に入りの場所、発見。明日の夜、一緒に行く」
ある晩、ハーンは「お気に入りの場所」に節子を連れ出した。
そこは周りに何もない、ただのさびしい墓場であった。
「こわいよ〜。何もないし〜」
節子がおびえていると、ハーンが耳を指した。
「カエルの声、聞こえます」
なるほど、何もなかったのは、一面カエルの大合唱を引き立たせるためのようであった。
熊本時代にも二人は旅行に出かけた。
中国山地の田舎で、薄気味悪い宿屋に泊った。
節子は嫌がった。
「なんか出そうですけど〜」
ハーンはヒッヒと笑った。
「だからいいんです〜」
ヌウ〜ッとオバアな女将が出てきて、
「こちらへどうぞ」
と、二人を二階の暗〜い部屋に案内した。
ぽわっ。ぽわっ。
部屋にはなぜかホタルがいっぱい飛んできた。
ちんちろげ〜。ちんちろげ〜。
マツムシまで鳴いていた。
ぴち!ぴち!
時折、正体不明の虫が、顔や体に当たりにきた。
そのたびに節子は、
「キャー!キャー!」
叫んでいた。
御膳を持ってきたオバアに、節子が聞いていた。
「時々顔に飛んでくるのは何の虫なの?」
「へい。夏の虫です」
「そうじゃなくて、虫の名前〜」
「へい。ナツムシです」
答えになっていなかった。
御飯を食べて就寝してからも状況は変わらなかった。
ぽわっ。ぽわっ。
ちんちろげ〜。ちんちろげ〜。
ぴち!ぴち!ぴち!ぴーちぱい!
「キャー!キャー!」
時々薄ら明るくなり、マツムシは鳴き、ナツムシは責め、節子は悲鳴を上げ続けた。
翌朝、ハーンはオバアに言った。
「女将。昨晩は最高だった。もう一泊」
ほとんど死んでいた節子は、我に返って即却下した。
「もう、いやーーー!」