★ 無病息災!疫病退散!溺れる者はワラをもつかむ!?
 〜 マユツバ!幕末明治に本当にあったコレラ治療法!!

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エボラとコレラ
1.お祈り
2.炭酸水
3.タマネギ
4.人の生き胆
5.シッシッ
6.始末
7.病院

 ちょうど十三年前、私は日本の将来に警鐘を鳴らすために、この「歴史チップス」を始めた。
 創刊号は「テロ味」で、炭疽菌
(たんそきん)を使ったテロと天然痘(てんねんとう)という疫病の話であった。
 十三年後の今月号も同じような話題である。
 世界はエボラ出血熱という疫病と、イスラム国というテロ自称国家に悩まされている。
 日本は十三年間何も変わっていないわけではない。
 当時危惧
(きぐ)していたいくつかを、すでに通り越してしまっている。
 中でも東日本大震災は、想定以上の衝撃であった(「海神味」参照)
 震災だけなら過去の話ですんだ。
 が、併発した福島第一原発事故によって、現在や未来にも大きな影を落としてしまった(「福島味」参照)
 少なくとも今存命している人々は、生涯放射能から逃れることはできないであろう。
 悲しき十字架である。
 十字架を背負わされたばかりか、「十字軍」にも加勢する勢いである
(「進撃味」参照)

 はい、というわけで今回は恐怖の伝染病コレラのお話です。
 コレラが幕末明治期に日本で猛威を振るっていたことは、漫画&ドラマ『JIN-仁-
(村上もとか作)』の影響で知れ渡るようになりました。
 幕末の流行は、文政コレラ
(1822)と安政コレラ(1858)の二度だけでしたが、西洋との交流が盛んになった明治以降では、二、三年おきに数万人単位の死者を出すほどになりました。
「いったい何が原因でこんな恐ろしい病気にかかってしまうのか?」
 今でこそコレラ菌が原因だと分かっていますが、それが病原体としてドイツのコッホ
(Heinrich Hermann Robert Koch)によって発見されたのは1884年のことですので、それまではどう治療していいのか分からない病気だったのです。
「とにかく、脱水症状を何とかしなければ」
 そのため当時の医師らは様々な治療法を試みました。
 それでは、今では信じられないこれらコレラの治療法の数々
(今でも使えるものもありますが)を御覧ください。

[2014年10月末日執筆]
ゆかりの地の地図
参考文献はコチラ

「本当にあったコレラ治療法」登場人物

【医 者】

【島村ミツ】しまむらみつ。蓮門教開祖。

【増田敬太郎】
ますだけいたろう。佐賀県警巡査。増田神社祭神。


【沼野玄昌】ぬまのげんしょう。千葉の医師。

【アイゼンデッヘル】独弁理公使。
【寺島宗則】てらしまむねのり。外務卿。

【ポンぺ】
蘭海軍軍医。

【電気ブランのセールスマン】
【森下仁丹のセールスマン】
【大幸薬品などのセールスマン】
【一揆を起こす人々】
【近所の人々】

【患 者】

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