1.お祈り

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エボラとコレラ
1.お祈り
2.炭酸水
3.タマネギ
4.人の生き胆
5.シッシッ
6.始末
7.病院

 医者の所に患者がやって来た。
「あのー、体調悪いんです〜」
「どう悪いんですか?」
「ゲロして下痢
(げり)して苦しいんです〜」
 医者は診察して告げた。
「コロリ
(コレラ)ですね」
「コロリ?」
「ええ、コロリと死ぬのでそんな病名がついたんですよ」
 患者は驚いた。
「ええ!私、死ぬんですか!?」
「いいえ、私の言うことを聞けば大丈夫です」
「どうすれば?」
「祈りなさい」
「はあ?」

*            *            *

 安政コレラの感染源は米艦ミシシッピ号とされている。
 そのせいか分からないが、
「コレラを広めているのは妖怪『アメリカギツネ』だ」
 といううわさがまことしやかに流されていた。
「つまり、アメリカギツネを倒すことができれば、コレラを治すことができる。何かアメリカギツネに勝てそうなものはいないか?」
 そこで思いついたのがニホンオオカミであった。
「そうだ!オオカミならキツネに勝つことができる!」
 そのため、オオカミの護符で知られる三峰神社
(みつみねじんじゃ。埼玉県秩父市)の信仰が盛んになったという。
 このほかにもコレラ封じの祈祷(きとう)は各地の寺社で行われた。
 鳥取県米子市の夜見神社や千葉県市川市の新井寺
(しんせいじ)などにはコレラにまつわる興味深い話が伝わっている。
 また、山形県米沢市には「虎列刺(コレラ)神社」があり、仙台市泉区には「コレラ塔」があるという。

 明治初年に島村ミツが小倉(こくら。福岡県北九州市)で創始した「連門教(れんもんきょう)」は、コレラを利用して東京へ進出して勢力を拡大した新興宗教である。
「この神水を飲めば、コレラに効くぞよ〜」
 現在でもありそうな、現在やると違法な商法であるが、当時は脱法であった。

 佐賀県唐津市には、コレラのため殉職した警官を祭った神社もある。
 増田敬太郎
(ますだけいたろう)巡査を祭った「増田神社」である。
 増田は明治二十八年(1895)に入野村高串という地区に派遣され、コレラ患者との接触もいとわず防疫に努めたが、赴任三日目に自身も発病してしまった。
 彼は、心配して集まってきた人々に、
「高串のコレラは、私があの世に背負っていく」
 と、言い残し、その翌日にわずか二十五歳で死んでしまったという。

※ 似たような状況で殉職した事例には、愛知県田原市の江崎邦助(えざきくにすけ)巡査と志宇(じう)夫妻や、本庄署勅使河原分署(埼玉県上里町)の新庄精明巡査の話が伝えられています。

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