4.人の生き胆

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エボラとコレラ
1.お祈り
2.炭酸水
3.タマネギ
4.人の生き胆
5.シッシッ
6.始末
7.病院

 医者の所に患者がやって来た。
「あのー、体調悪いんです〜」
「どう悪いんですか?」
「ゲロして下痢
(げり)して苦しいんです〜」
 医者は診察して告げた。
「コロリ
(コレラ)ですね」
「コロリ?」
「ええ、コロリと死ぬのでそんな病名がついたんですよ」
 患者は驚いた。
「ええ!私、死ぬんですか!?」
「いいえ、私の言うことを聞けば大丈夫です」
「どうすれば?」
「今から私が取ってくるものをお飲みなさい」
「何を取ってくるんですか?」
 医者は包丁を取り出すと、ヒッヒッヒと不気味に笑って言った。
「人の生き胆
(ぎも)ですよ」 
「!」

*            *            *

 事実、人の生き胆がコレラに効くといううわさがあった。
「西洋医は人の生き胆を抜いてコレラ治療に使っているそうだ」
「治療は口実で、グラント将軍
(米大統領)が召し上がるというぞ」
「生き胆を取られた人はどうなるんだ?」
「死んじゃうに決まってるだろ!」
「残酷な!だから夷人の医学は信用できないんだ!」
 根も葉もないうわさから西洋医学に反発し、一揆を起こす者たちも現れた
(埼玉県北足立郡中尾村他三十ヶ村一揆)

 一方、千葉では医師が殺される悲劇も起こってしまった。
 犠牲者は沼野玄昌
(ぬまのげんしょう)というコレラの防疫に取り組んでいた医師であった。
 明治十年(1877)十一月、玄昌が各地の井戸を消毒して回っていると、竹槍を構えた近所の人々に取り囲まれた。
「何をしている?」
「消毒です。あなた方がコレラにならないように」
「ウソをつけ!それは毒だろう?我々を眠らせて生き胆を取るつもりだなっ!」
「違いますって!」
「いいや、そうに違いない!みんな、殺
(や)っちまえ!」
 ブス!ブス!ブスス!
「ぐべえ!違うのに〜!」
 玄昌は突き殺され、遺体は加茂川に捨てられてしまったという。
 汐留公園
(千葉県鴨川市)に彼の供養碑が建っている。

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