5.猫に小判

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日本外交はどこへ向かうのか?
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4.朝の挨拶
5.猫に小判

 あるとき、千葉県の商人が横浜にやって来た。
「わしは異人と取引して大もうけしたい。異人が一番喜ぶものは何か?」
 居留地の外国商人とを仲介する売込商が答えた。
「そうですね、今は断然『猫』ですね」
「ネコ?」
 猫とは、「猫に小判」からきた小判の隠語である。
 当時、日本人が外国人に小判を売ることは禁じられていたため、隠語で呼ばれていたのである。
 幕末〜明治時代前期の金銀比価問題によって大量の金が外国へ持ち出されたことは、すでに「攘夷味」で述べた。
 売込商は勧めた。
「『猫』の力は絶大です。どうです?私が懇意の異人商人に話をつけてあげましょう。あなた様が大もうけできるどうかは、あなた様がお持ちの『猫』の量次第というわけです」
 千葉県の商人は喜んだ。
「わかった。次回はありったけの猫を持って参ろう」
「お待ちしております〜」

 しばらくして、千葉県の商人が横浜に再来した。
「約束通り猫をたくさん持ってきたぞ」
 売込商は喜んだ。
「それはようございました。――で、『猫』はどこに?」
「運べないため船に置いてある。今から船へ案内する。船一艘
(そう)分、全部猫だ」
「うほほっ!船一艘分全部『猫』!」
 売込商は仰天してホクホクした。
(こいつ、信じられない大金持ちだ!)
 船へ向かう途中、売込商は次から次へとわき起こるニヤツキを隠しきれないでいた。
(こいつはいいカモ――、じゃなくて、お客様を捕まえたもんだ!)
 あー、あー、あー。
「船はもうすぐですか?」
「ああ、もうすぐだ」
 あー、あー、あー。
「ところで、何か変な音がしませんか?」
 あー、あー、あー。
「変な音?」
「ええ、『あー、あー、あー』とかいう音……」
 千葉県の商人は立ち止って耳を澄ませた。
 あー、あー、あー。
「ほら」
 あー、あー、あー。
「なんだ、あの音か。当たり前の音じゃないか」
「当たり前の音?」
 千葉県の商人は再び歩き始めた。
 売込商は気になったが、ついていくしかなかった。
 なー、なー、なー。
(いったい何の音だ?)
 なー、なー、なー。
(ま、まさか……)
 なー、なー、なー。 

 船着き場で千葉県の商人が立ち止った。
「この船だ」
 指差された船を見て、売込商も立ち止った。
 船には大きな袋がかぶせてあった。
 千葉県の商人が船頭たちに袋を取らせた。
 にゃー!にゃー!にゃー!
 とたん、船いっぱいに積まれていた大猫子猫の鳴き声がいっせいに辺りに鳴り響いた。
 にゃー!にゃー!にゃー!
 みゃー!みゃー!みゃー!
 ふぎゃあ!ふぎゃあ!
 にゃごにゃごにゃごらー!
「どうだ、すごい数だろ?」
 売込商はたじろいだ。
「ええ」
 船の中にはうごめく猫だらけで、千両箱なんてどこにも見当たらない。
「――で、『猫』は?」
 千葉県の商人はおかしな顔をした。
「何を言われる。このとおり、たくさんいるじゃないか」
 売込商は頭を抱えて絶叫した。
「うわあ!マジで猫ばっかじゃーん!」

[2013年5月末日執筆]
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