★ 死んでるの巨人 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2019>平成三十一年二月号(通算208号)外人味 死んでるの巨人
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万寿四年(1027)四月といえば、後一条天皇(ごいちしょうてんのう。「正月味」参照)の御代、関白・藤原頼通(「無礼味」参照)の時代である。
常陸国に百姓たちから慕われていた国司がいた。
常陸介・藤原信通(ふじわらのぶみち。「南家系図」参照)である。
常陸は親王任国なので、常陸守は赴任しない。
そのため介の信通が常陸を治めていた。
藤原信通 PROFILE | |
【生没年】 | ?-? |
【出 身】 | 平安京?(京都府京都市) |
【本 拠】 | 平安京→常陸・遠江・伊賀 |
【職 業】 | 官人 |
【役 職】 | 常陸介→遠江守→伊賀守→少納言 |
【位 階】 | →従四位下 |
【 父 】 | 藤原永頼(南家) |
【 子 】 | 藤原永通・永職・重通・信頼 |
【主 君】 | 後一条天皇ほか |
「守。もうすぐ任期も終わりですね」
信通は介だったが、大掾以下部下たちから「守」と呼ばれていた(「古代官制」参照)。
「ああ。もうすぐ都へ帰らなければならない」
「寂しいです〜」
「わしもだ」
「百姓たちも、守を慕っております」
「わしも民たちがかわいい」
「守の重任(ちょうにん。任期延長)を願い出ようとしている百姓たちも大勢いるそうです」
「ありがたいことだが、無理であろう。わしには何の業績もないし、カネもない」
「もうすぐ守とお別れするんだと考えると、夜も眠れません」
「わしも昨晩眠れなかった。風が強くて」
「そういえば、すごい嵐でしたよね」
「館の柱がガタガタ揺れて、吹き飛ばされるかと思ったよ」
そこへ史生(ししょう。国司下級職員。雑務係)から報告があった。
「守様。東西浜で溺死体が打ち上げられました」
大掾が注意した。
「そんな報告は守にしなくてもいい。適当に処理しておきなさい」
「それが、できないんです」
「できない?」
「ええ、大きすぎて」
「大きすぎて? どのくらいの大きさだ?」
「首がないので正確には分かりませんが、五丈余り(約十五メートル)かと」
「五丈!」
大掾は驚愕(きょうがく)した。
信通は目を輝かせた。
「見に行こう!」
六道 |
地獄道・餓鬼道・畜生道 ・修羅道・人間道・天道 |
信通は大掾たちを連れて東西浜へ向かった。
「なんなん?どこなん?」
溺死体の周りには群衆がいた。
「ちょっと、ごめんよ〜」
群衆の輪を突破すると、そこに巨人の死体がうつぶせで倒れていた。
一部が砂に埋もれていたが、首だけではなく、右手と左足もなかった。
「おそらく、サメに食われたのでしょう」
大掾が推測した。
「うつぶせているので男女の判別は難しいですが、肌つきから見ると女でしょう」
信通は息をのんだ。
「それにしてもこの大きさだ。常人の十倍はあるんじゃないか? 信じられない! これは本当に人間なのか? この世のものとは思えない!」
「この世のものではないとすれば、異界の者でしょう。六道のうち考えられるのは修羅道(しゅらどう)です。修羅から来た阿修羅女なのではないでしょうか?」
「いずれにせよ、このような怪事は朝廷に報告しなければならない。解文(げぶみ。報告書)を書こう」
大掾は止めた。
「やめた方がいいですよ」
「なぜだ?」
「解文を書けば、朝廷から使者が検分に来ます。使者の接待にはカネと手間がかかります。任期終了間際に面倒なことはなさらないほうがよろしいかと」
「それもそうだな」
こうして巨人漂着の件は朝廷には報告しなかった。
が、群衆たちは黙っていなかった。
「浜に巨人がいるぞ」
すぐに近辺に広めたのである。
話を聞いて巨人を見に来たある武士が思いついた。
「こいつはたまげた。このような巨人が存在するということは、攻めてくる可能性もあるということだ。もし攻めてきた時のために、弓が役に立つか試しておこう」
武士が巨人に向けて矢を放ってみると、矢は深々と刺さった。
「よし、大丈夫だ。役に立つようだ」
この話を聞いた人は、
「よくぞ試した」
と、武士をほめたという。
何日かすると巨人の死体は腐ってきた。
死臭が強烈だったため、近辺の住人はよそへ避難したという。
朝廷には内緒にしていたものの、常陸介の任期を終えて帰京した信通は口が軽かった。
「実は、巨人が来たんですよ」
結局、自分で大勢の人に広めてしまったという。
[2019年1月末日執筆]
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※ 東西浜の漂着物は、人間や宇宙人や未確認生物より、クジラ類か絶滅動物だった可能性が高いようです。