5.狩野重光は死なず!? | ||||||||||||||
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(死んだか……)
拙者は塩田国時様たちの遺体に合掌しました。
中間や下部らも集まってきて泣きました。
「おいたわしや〜」
「さてと」
拙者は立ち上がりました。
中間や下部らは拙者も切腹するものと思っているようでしたが、そうではありませんでした。
「――とっとと逃げるとするか」
「!」
拙者は慎重でした。
「そうだ!万が一捕まった時、命乞いには金品が不可欠だ。者ども、館内にある財宝をかき集めてこい!」
中間や下部らは、鎧や兜(かぶと)や太刀、その他財宝を集めてきました。
「よし、これらを櫃(ひつ)に詰め込んで円覚寺に運べ」
円覚寺には知り合いの僧がいました。ほとぼりが冷めるまでかくまってもらうことにしたのです。
拙者は何も知らずに必死で防戦を続けていた郎党たちを横目に、こっそり裏口から脱走しました。
当然、逃げる拙者に気付く郎党もいました。
それは十数年前からのなじみの郎党でした。
「五郎、どうした?」
「ちょっと小用へ」
「小用だと?じゃあ、その大量の荷物は何なんだ?」
「へへー」
「あ! まさかてめー、逃げるんじゃねーだろーな!?」
「図星ぃ〜」
「待てコラー!」
「待たない〜」
拙者は円覚寺に逃げ込みました。
経蔵に財宝を詰め込むと、蔵主寮(ぞうすりょう)という経蔵管理僧の宿直室に隠れたのです。
「へっへっへ。これら財宝があれば、もう一生生活に困ることはないぞ」
拙者はウハウハが止まりませんでした。
ガラガラガラ!
いや、拙者の未来予想図は、戸を開け放ったソイツに強制終了させられてしまいました。
「見つけたぞ、狩野五郎重光!悪党北条一族と徒党を組み、官軍に歯向かった反逆罪で逮捕する!」
拙者は船田義昌の手下どもに縛られました。
「え?拙者って、処刑されちゃうんでしょうか?」
「当然だろうな」
それでも、拙者はあわてませんでした。
こうなった時のためにこそ、財宝を確保しておいたのです。
拙者は懸命に弁解しました。
「船田様は勘違いなさっています。拙者はもとより新田様に歯向かうつもりはありませんでした。さればこそ、戦うことなくお宝を持って逃げたんです。もとよりお宝はすべて新田様に差し出すつもりでいました。そうです。あの島津四郎時久のように(「離脱味」参照)。船田様。どうか拙者からの心づくしのお宝をお納めくださいませ。そしてどうか、拙者の命ばかりはお助けください」
義昌は笑いました。
「物は言いようだな」
義昌はある男を連れてきました。
「おぬしについて、この男からは全く別の話を聞いている。おぬしは主人をだまし、奪い取った主人の財でもって保身を図ろうとする恩知らずな卑怯者だと」
この男とは、塩田家の郎党でした。
あの、十数年前からのなじみの郎党でした。
拙者は思わず言いました。
「あっ、あんた……、生きてたのか……」
なじみの郎党は笑いました。
「生きてて悪かったな。お前の影響を受けて降参したんだよ」
義昌は、お宝を運んだ中間や下部らまで連れてきました。
「これらの者もおぬしの本性について、だいたい同じようなことを申しておる」
「……」
「はてさて? この者たちは全員ウソツキであろうか? それとも、おぬし一人だけがウソつきであろうか?」
観念した拙者は崩れ落ちました。
拙者は首をはねられ、由比ヶ浜にさらされました。
拙者の享年も不明です。
(「滅亡味」へつづく)
[2017年8月末日執筆]
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