1.煙たがられる男

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甘利明&ベッキー
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 パッパカ、パッパカ、パッパカ、ヒッヒーン。
 還暦という年にはかなわなかった。
 プップカ、プップカ、プップカ、ポッポー。
 馬に乗るより、座ってタバコを吸っていたかった。
 パッパカ、パッパカ、パッパカ、ヒッヒーン。
 最近では、馬に乗るとすぐに息が切れるようになった。
 プップカ、プップカ、プップカ、ポッポー。
(吸いてー!今すぐ吸いてー!一服やっちゃいてー!)

 上原(うえはら。長野県茅野市)城代・板垣信方(いたがきのぶかた。「板垣氏系図」参照)は煙たがられていた。
 愛煙家のせいだけではなかった。
「お館様を担ぎ上げたのはわしだ」
 自分こそが甲斐の救世主・武田晴信
(「武田氏系図」参照)の生みの親だという自負があった。
「板垣殿って最近調子に乗り過ぎじゃねえ?」
 家中のねたみを吹き飛ばすには、成功し続けるしかなかった。
 合戦では、いつも先陣を望んだ。
 今回の上田原の戦でもそうであった。
「先陣はわしが」
 今回の相手は、北信の豪将・村上義清
(むらかみよしきよ)――。
 葛尾
(かつらお。長野県坂城町)城を本拠とする信濃最強の武将で、絶対に負けられない戦いであった。

 が、岩尾(いわお。長野県佐久市)城主・真田幸隆(さなだゆきたか。「真田氏系図」参照)が口を挟んだ。
「ここ上田原は我が庭同然。今回の先陣は私におまかせくだされ」
 幸隆は以前、義清によって城を追われていたが、晴信の援助で奪還できていた。
 しかし、信方は譲らなかった。
(板垣殿はもうお年寄りなんだから後方の安全地帯にいなよ〜。ププッ!)
 幸隆の目が笑っているように見えたからである。
「いいや、先陣は絶対にわしだ!」
 信方は息巻いた。
「わしはまだ若いのだ!見ておれ!村上のザコなど、瞬く間に蹴散らしてくれよう!」

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