5.車持皇子の偽装

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耐震強度偽装事件
1.愛人かぐや姫
2.五人の貴公子
3.石作皇子&車持皇子の正体
4.石作皇子の偽装
5.車持皇子の偽装
  

 さて、家に帰り東方海上への渡航準備を始めた車持皇子も、冷静に戻った。
(東方海上って、どこだ? いったい何を目印に蓬莱山に行けというのだ? 東の方というだけで真東ではあるまい。それに距離は何里だ? ああ、バカバカしくなってきた!)
 車持皇子は考えた。彼は石作皇子より悪賢かった。
 そして、いいことを思い付いた
(悪いことだが……)
(そうだ! 取って来れなければ、自分で作ってしまえばいいんだ!)

 車持皇子はわざわざ難波の湊(なんばのみなと。大阪港)へ出航したフリをしに行った後、隠れ家に潜んだ。
 そして、六人の職人を雇ったのである。
「かぐや姫に献上する『蓬莱の玉の枝』作ってくれ。ただし、このことは誰にも話してはならぬ。一歩も外へ出てはならぬ。報酬は弾むから、約束は厳守してくれ」
 六人の職人は喜んだ。
「へへっ、弾みますかっ。がってんでさあ」
 六人の職人は、言われた通りの見事な蓬莱の玉の枝を作り上げた。
 車持皇子は喜んだ。職人たちをほめたたえた。
「よくやった!」
 で、心の中だけで続けた。
(これならだますことができる! かぐや姫、敗れたりー!)

 車持皇子はかぐや姫のもとに向かった。
 当然、
「たった今、難波から船で帰ってきました」
 と、ウソをついて。わざとボロボロにした旅装束まで身にまとって偽装して。

 出迎えの人々は大騒ぎした。
「車持皇子が帰ってきたそうだ!」
「旅から帰ってきたそのままの格好でやって来たそうだ!」
「スゲーきれいな玉の枝を持ち帰ってきたらしいぞ!」
「マジで?」
 かぐや姫は不安になった。

 車持皇子は門前で蓬莱の玉の枝を差し出した。
 玉の枝には手紙がはさんであった。
 竹取の翁は受け取ると、先に手紙をかぐや姫に渡した。

  いたづらに身はなしつとも玉の枝を手折らで更に帰らざらまし
   
(約束通り、あなたをいただくまで帰りませんよっ)

 かぐや姫の手が震えた。
(この自信は何? まさか、ホンモノを持ってきたわけ?)
 体までブルブル震えてきた。

 竹取の翁も、蓬莱の玉の枝を見てプルプル震えた。
「なんですかこれは! 本当にすごいですぞっ! こんなきらびやかなタマ! 今まで見たことがないわいっ!」
「それはもう、本物の蓬莱の玉の枝ですから〜」
 知らない間に車持皇子、家の中に上がり込んでいた。
「――まあ、姫にはこれからもっとすごいタマも御覧に入れますが……」
 かぐや姫、御簾
(みす)のウラで頭を抱えた。
 竹取の翁が興奮しながら聞いた。
「それにしても、いったいどうやって取ってきたんですか?」
「苦労しましたよーん」
 車持皇子は、竹取の翁ににじり寄って説明した。
 つまり、御簾をはさんでいるとはいえ、かぐや姫にも一層近づいたわけである。
「海は荒れ、風は強く、船は何度も転覆しそうになりました。鬼や怪物に襲われたりもしました。食べ物がなくなり、草や木の根や貝を食べてなんとか生き長らえました。そしてようやく、蓬莱山にたどり着くことができたのです。それはそれはきれいな山でした。金・銀・瑠璃
(るり)の川が流れる宝石の橋のほとりに、これが生えていたんです。でも、周りのきらびやかさに比べて、これは本当に見劣りするものでした。でも、姫が言われていたのと違ったものを持って帰ってはいけないと思い、これを取って帰ってきた次第なんです」
「そうですかー」
 竹取の翁は歌を詠んでたたえた。

  呉竹の世々の竹取野山にもさやは侘(わび)しきふしをのみ見し
   
(長年働いてきた私も皇子ほどつらい思いをしたことはありませんでした)

 車持皇子も返した。

  我が袂(たもと)今日乾ければ侘しさの千種の数も忘られるべし
   
(姫を得られるうれしさが、つらいことも何も忘れさせてしまいますって)

「そうですか、そうですか」
 竹取の翁、せかされているようなので、さっそく布団を丹念に入念に敷き始めた。

 そこへ六人の職人がやって来た。
 うち一人が進み出て聞いた。
「あのー、私、公文司
(くもんづかさ。税務署)に勤める綾部内麻呂(あやべのうちまろ)と申しますが、ここは竹取の翁様のお屋敷でしょうか?」
「そうじゃが、何か?」
 竹取の翁は不思議そうな顔をしたが、車持皇子はあせった。
「なんだ、お前たちはっ!」
「なんだって、お人が悪いな〜。よく御存知じゃないですか〜。まだ報酬のほうをいただいていないんですけど〜」
 竹取の翁はますます不思議がった。
「報酬?」
 竹取の翁、綾部内麻呂が差し出した手紙をかぐや姫に渡した。
 車持皇子がわめいた。
「そんなもん、読まなくてもいい!」

 でも、かぐや姫は読んだ。読んでしまった。
 そして、うれしそうに繰り返して読み上げた。
「なになに? 『皇子様は私たちにかぐや姫様に献上する玉を作らせていましたが、いまだに報酬をいただいておりません』ですって! どーいうことっ!? どーいうことっ!?」

 車持皇子は絶句した。下を向いて黙ってしまった。
 かぐや姫はうれしさ丸出しに竹取の翁を呼び寄せた。
「なーんだ。あやうくだまさわるところだったわっ。こんな真っ赤なニセモノなんかいらないから、早く返してっ」
「ですな」
 竹取の翁は車持皇子にニセ蓬莱の玉の枝を突き返した。
 かぐや姫は歓喜の歌を詠んだ。

  まことかと聞きて見つれば言の葉を飾れる玉の枝にぞありける
   (なーんだ、ニセモノじゃーん)

 かぐや姫が竹取の翁に言った。
「それにしても、おじいさんはさっき、うれしそうにうれしそうに布団を引いてたよねー?」
「え……。喜んでませんよ。喜んでないですよ。ZZZZZ――」
 場が悪くなった竹取の翁、にわかに寝たフリをしてしまった。

 もっと場が悪いのは、偽装を行った車持皇子である。
 しばらく座り尽くしていた彼も、日が暮れる頃に音もなく帰ってしまった。

 かぐや姫は内麻呂ほか六人の職人を呼び寄せた。
「あなたたちのおかげで助かりました」
 で、褒美をたくさん与えたのであった。
 六人の職人は喜んだ。
「やっぱり、金持ちのやることは違うなー」
 御満悦の六人であったが、帰り道、待ち伏せていた車持皇子に、
「お前ら、よくもぶち壊してくれたな! こいつめ! こいつめ!」
 と、八つ当たりの襲撃に遭い、
「オレたちなんにも悪いことしてないのにー!」
 褒美をみんな捨てて逃げ散ってしまった。

 その後、車持皇子は、
「ああ、これ以上のハジはない。恥ずかしすぎで人に向ける顔もない」
 と、山にこもってしまったそうである。

(「金持味」につづく)

[2005年12月末日執筆]
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