2.死刑執行 〜 長門炎上!?

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大日本帝国連合艦隊旗艦・軍艦長門
1.死刑宣告 〜 長門連行
2.死刑執行 〜 長門炎上!?
3.死刑再行 〜 長門よ、永遠に……。

 マーシャル諸島共和国(当時はアメリカの信託統治領)ビキニ環礁。
 昭和二十一年(1946)から昭和三十三年(1958)にかけてアメリカが核実験を繰り返し、「核爆的刺激的」なツーピース型女性水着「ビキニ」の語源となった、あの環礁である。
 そう。
 私はアメリカによる世界初の洋上原爆実験「十字路作戦
(Operation Crossroads)」に供されることになったのである。

日本の連合艦隊の真ん中に原爆を投下してみてはどうか? 見ものだぞ」
 そういった案は原爆完成当初からあったが、私を残して連合艦隊が壊滅してしまった今、かなわないことであった。
 そのため、日本のフネだけでなく、ドイツから接収したフネや、アメリカの用済み艦なども加え、それらを一同にビキニ環礁に集めて原爆実験を行うことにしたのである。
 集められたフネは七十余隻。主なものは右の通り。

十字路作戦の主な標的艦
艦 名 国名 種別
長門 (Nagato) 日本 戦艦
酒匂 (Sakawa) 日本 巡洋艦
ペンシルベニア(Pennsylvania) アメリカ 戦艦
ネバダ(Nevada) アメリカ 戦艦
アーカンソー(Arkansas) アメリカ 戦艦
ニューヨーク(NewYork) アメリカ 戦艦
サラトガ(Saratoga) アメリカ 空母
ペンサコラ(Pensacora) アメリカ 巡洋艦
プリンツオイゲン(Prinz Eugen) ドイツ 巡洋艦
ジリアム(Gilliam) アメリカ 輸送艦
カーライル(Carlisle) アメリカ 輸送艦
LSM-60 アメリカ 揚陸艦

 標的にされるフネたちは、まず、ハワイの真珠湾に集められた。
 アメリカのニンゲンたちは、真珠湾に入ってきた私を見て口々に言った。
日本のナガトだ」
「ジャップの総親玉だ」
「我々はパールハーバーを忘れてはいないぞ!」
「早くくたばれ、だまし討ちヤロー!」
 私は反論した。
「違う! 私が命令したわけではない!」
 アメリカのニンゲンたちは笑っていた。ほんの一部のニンゲンをのぞいてフネ語は通じないのだ。
 代わりに戦艦ペンシルベニアが話し掛けてきた。彼は連合艦隊の宿敵・アメリカ太平洋艦隊の元旗艦である。
「パールハーバーへウェルカム。あの時はミーも危うく殺されかけたんだぜ」
 真珠湾攻撃時、ペンシルベニアも湾内にいたが、すんでのところで難を逃れていた。
「だから、命令したのは私ではなく、私に乗っていたニンゲンだ!」
「命じたニンゲンのヤマモト
(「攻撃味」参照)はすでに死んでいる。ユーと同じく連合艦隊旗艦を務めたヤマトとムサシも死んでいる。だからアメリカ中の恨みがユーに集中しているんだ。ユーが沈めば、みんなみんなハッピーなんだ」
「……」

 私やペンシルベニアら標的艦隊はビキニ環礁に移動させられた。
 各艦には、実験動物であるヤギ・ブタ・ネズミが乗せられた。
 ペンシルベニアが言った。
「いいことを教えてやろう。当初、我々の中にはイヌも乗せられることになっていたが中止になった。アメリカのニンゲンたちが『イヌはかわいそうだから使うな!』と、猛烈に抗議したからだ。これがどういうことか分かるか?」
「いいや」
「アメリカのニンゲンたちにとって、ヒロシマ・ナガサキのニンゲンたちは、イヌ以下だということだ! 虫けら同然ってことだ! ハハハ!」
 私は唇をかみしめた。 
「私はヒロシマのクレで生まれた。ヒロシマのニンゲンたちが私を造ってくれたんだ。私を造ってくれたニンゲンたちは、みんなみんな心の優しい人たちばかりだった……。ヒロシマには、戦争にかかわりのないオンナやコドモもたくさんいた。それなのにアメリカのニンゲンは原爆を投下したんだ! そして、ナガサキも合わせて一瞬にして二十万人もの輝かしい未来のあるニンゲンたちの命を奪っていったんだ! それだけではない! そんな彼らを哀れむどころか、虫けら同然に辱めるとは……。 許さない! 許してたまるか! 私はなおさら、沈むわけにはいかないっ!」

 標的艦隊はビキニ環礁に整然と並べられた。
 ペンシルベニアが説明した。
「実験は三度行うそうだ。一発目
(テストA)は空中実験。原爆を爆撃機から投下させ、ユーの頭上で爆発させる。二発目(テストB)は海上実験。ユーの近くのフネに時限原爆を設置し、それを爆発させる。三発目(テストC)は深海実験。ユーが沈んだ深海に原爆を投下して爆発させる。分かるだろう? 一発目か二発目でユーを殺し、三発目でユーの遺体をこの世の中から跡形もなく消し去ってしまうつもりなんだ」
 私は言った。
「おもしろそうに言ってるけど、お前も死ぬんだぞ」
 ペンシルベニアは笑った。
「いや。ミーは爆心地から離れて置かれるから、たぶん大丈夫だ。確かにミーも死ぬかもしれない。しかし、それ以上にミーはユーが死ぬのがうれしいんだ! 楽しみで楽しみでたまらないんだっ! 原爆は史上最悪最強最終の恐怖兵器だ。その恐怖はミーよりもユーのほうが分かっているはずだ。原爆はたった一発で一瞬にしてヒロシマを灰燼
(かいじん)にしたんだからな! フネもニンゲンも街も建物もすべてだ! それをユーはまともに食らうんだぞ! ユー目掛けて原爆は落ちて来るんだぞっ! ハハハ! ユーは死ぬ! 間違いなく死ぬ! 二発目は予備だ! おそらくユーは一発目で深い深い海の底に消えるだろう! フハハハッ! アリゾナたちがあの世でユーを待っているぜっ!」
「……」

 一回目の実験(テストA)は七月一日早朝に行われた。
 原爆を積んだ爆撃機「B29」がクェジェリン基地から飛び立ち、ビキニ環礁へ向かった。
 私の側面には、なぜか穴が開けられた。
「なんだこの穴は?」
 そばにいたアメリカの輸送艦ジリアムが教えてくれた。
「穴を空ければ、その分、君は沈みやすくなるだろう?」
 私は憤った。
「おい。これは原爆の効果を試す実験ではないのか? 私だけこんな細工したら、正確な記録が取れないではないか! インチキではないかっ!」
 アメリカの輸送艦カーライルも口を出した。
「何を言っているんだ。この実験はお前を沈めるのが目的なんだ。『日本の誇り』であるお前を沈めることによって、全世界にアメリカの完全勝利をアピールするためのものなんだ。ここには日本を除く世界中のジャーナリストが見てきている。そんな中でアメリカの戦艦が沈み、日本のお前が沈まなかったら、それこそ世界中にアメリカの大恥をさらすことになるじゃないか! だからお前には真っ先に沈んでもらわなければ困るんだよっ!」
 私は怒りに身を震わせた。
「そういうことか。そこまでアメリカのニンゲンは日本を憎み、日本のフネやニンゲンを虫けらのように辱め、偽りの実験を行ってまで日本の誇りを踏みにじろうとするのかっ! 私を造った日本のニンゲンの心と、貴様らを造ったアメリカのニンゲンの心と、いったいどこがどう違うというのだっ! 確かに日本は結果的にアメリカにだまし討ちを行ったかもしれない。中国や朝鮮に対しては、何の弁解の余地もないかもしれない。しかし、日本を追い詰め、戦わざるを得ないように仕向けたのは、アメリカのニンゲンたちではないか!
(「制裁味」参照) 真珠湾を行ったから、日本のフネもニンゲンも皆殺しにしてもいいだと! 日本全土を焼け野原にしてもいいだと!?(「放火味」参照) 原爆もボンボン落としていいだと!? そんな無茶苦茶な論理が許されるはずがない! 悪いのは、ほんの一部のニンゲンだけだった! その他の大多数のニンゲンたちは、何も悪くなかった! まして意思のないフネたちに、動物たちに、植物たちに、建物たちに、自然たちに、いったい何の罪があったというのだ! いったい彼らは何のために殺されなければならなかったんだ! 戦争なんて、本当は誰もやりたいはずはない! 悪は決して、それ以上の悪でもって解決するべきではないのだっ! 私は負けるわけにはいかない。私を造ってくれたすべてのニンゲンたちのために……。私を誇りに思ってくれた、すべてのフネやニンゲンたちのために……。私に先んじて死んでいったすべての無実のヤツラのために……。私は負けない! 負けるはずがない! 私は連合艦隊の旗艦だ! 私は日本の誇りなのだっ! 貴様らなんかに、アメリカのニンゲンたちなんかに、絶対に、絶対に、負けてたまるかーっ!!」

 標的艦隊にウオンウオンと「B29」が近付いてきた。
「いよいよだ」
 アメリカのニンゲンたちは、遥か遠くの安全地帯から標的艦隊の様子を双眼鏡で眺めていた。
「あ、今、原爆が投下されました!」

 ひゅるひゅるひゅる。
 パァーッと不気味な青白い閃光
(せんこう)が海上を覆ったあと、すさまじい爆風と熱風と衝撃波が標的艦隊に襲い掛かった。
 ごごごご、どおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!
 ぐぐぐぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!
 ぎぎぎぎ、ぶばーん!
「ギャー!」
 ジリアムは一瞬にして溶解爆発四散した。
「オーマイゴーット!」
 カーライルはゴムまりのように吹っ飛び大爆発、
「熱い〜。痛い〜。ヘルプゥ〜」
 と、もだえ苦しみながら、じゅびじゅび沈んでいった。
「びえぇえぇー!」
 巡洋艦酒匂
(さかわ)はスクラップのように押しつぶされ、ごうごう火炎を噴いた。

 アメリカのニンゲンたちは双眼鏡をのぞき込んだ。
「ナガトはどうした?」
「やったか!」
「うーん、よく分からん」
 現場では、巨大な火球が押しつぶされたようにはじけ散ったあと、もうもうと大キノコ雲が立ち上り、天をも貫こうとしていた。キノコ雲の茎の部分には、多くの火柱と黒煙がストライプのように入り乱れて立ち込めているため、標的艦隊の様子が見えない。
 偵察機から報告があった。
「戦艦ネバダ、損傷は激しいですが、かろうじて浮かんでいます。あ! サカワは激しく燃えています!」
「ナガトはどうした?」
「ちょっと待ってください。ああ! ナガトもです! 火柱が上がっています! 大炎上ですっ!」
 アメリカのニンゲンたちは歓声を上げた。躍り上がって抱き合って喜んだ。
「ナガト、敗れたり!」
「アメリカはパールハーバーの恨みを晴らしたのだ!」
「報復はここに成った! 実験は大成功だ!」

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