1.石上麻呂の求婚

ホーム>バックナンバー2018>平成三十年12月号(通算206号)仰天味 竹取物語後編(かぐや姫の昇天)1.石上麻呂の求婚

ゴーンと西郷隆盛
1.石上麻呂の求婚
2.文武天皇の求婚
3.かぐや姫の昇天

 さて、中納言・石上麻呂(いそのかみのまろ)への「お題」は、
「燕
(つばめ)が持っているという子安貝」
 であった。
 そう聞いた時、麻呂は、
(勝った!)
 と、心の中で叫んだ。
(他の四人の「お題」はどこにあるかもわからないものを外国や山や海を回って探さなければならないが、僕の場合、自宅近辺で手に入れることができる!)

 麻呂は舎人たちに尋ねた。
「どこかにツバメの巣はないか?」
「どうなさるんで?」
「ツバメが持っている子安貝というものを手に入れたいのだ」
「何ですか、それ?」
「何でも卵を産む瞬間だけ出てくる貴重なモノらしい」
「そうですか。ツバメの巣なら大炊寮
(おおいのつかさ・おおいりょう)にある飯炊きの煙突の下にたくさんありますけど」
「それだ!」

 麻呂はまじめそうな男二十人ばかりを選んで大炊寮に遣わし、煙突の下に足場を組んで張り込ませた。
 で、
「子安貝は取れたか?」
 と、しょっちゅう聞きに行かせたのである。

 が、何日たっても子安貝が取れたという報告はなかった。
 そのため麻呂自ら大炊寮に出向いた。
「あ、石上様」
「みなの者、御苦労御苦労。まだ子安貝は取れないのか?」
「ええ、このところツバメたちは巣にも寄り付いてくれません」
「どうしてだろう?」
「はてさて?」
 様子を見ていた大炊寮の役人で「くらつ麻呂」という年配者が笑って教えてくれた。
「みなさんが大勢で巣の近くにたむろしているからでしょう。ツバメたちは怖がって寄り付かなくなってしまったんですよ」
「なるほど、でも、見張っていなければ子安貝を手に入れることはできない」
「見張りは一人でいいんですよ。その一人も近づきすぎてはいけません。足場なんて壊しておしまいなさい。ツバメが卵を産もうとしている時だけ、かごをつり上げて近づけるようにしてはどうですか?」
「なるほど」
 その通りだと思った麻呂は、すぐに足場を撤去させた。
 で、かごの中に一人だけを残すと、他の男たちを退去させた。
 くらつ麻呂はツバメが卵を産む前兆も教えてくれた。
「ツバメは卵を産む前に尾羽を上げてお尻を七回回すそうです。ですからお尻を七回回したら、すばやくかごを近づけて貝を取らせればいいでしょう。卵を産むのは夜が多いそうです。今は家に帰られ、日が暮れたら改めて来られてはどうでしょうか?」
 麻呂は喜んだ。
「いいことを教えてくれた」
 お礼として着ていた上着を脱いで与え、いったん自邸に帰った。

 日暮れ後、麻呂は再び大炊寮にやって来た。
 そして、かごに一人残しておいた見張りや、かごの引き上げ係たちに聞いた。
「どんな具合だ?」
「まだ変化はありません。これから卵を産むようですよ」
 その時、ちょうどツバメが尾羽を上げて尻を振り始めた。
「やりました! 上げてください!」
 引き上げ係が慌ててひもを引いてかごを引っ張り上げたが、結果は失敗であった。
「ダメです。巣には何もありません」
 麻呂はイライラした。
「失敗するのはおまえたちが下手だからだ。もういい。僕が自分でかごに入る。僕が合図したら、みんなでいっせいに引っ張り上げるんだ」
「はい」
 麻呂はかごに入って待った。
 月明かりの下、ツバメの尻たちを血眼になって追い続けた。
(どれだ?いったいどの尻から産まれるんだ?)
 その時、変化かあった。
 恥ずかしそうに尻を上げるツバメが現れたのである。
 ちゃらら〜ん、ちらちららんら〜ん。
 恥ずかしそうなツバメは、
 くり、くり、くり。
 何度も尻を回し始めた。
 麻呂は叫んだ。
「今だ!早く上げろ!」
「はい!」
 ガラガラガラ!
 かごは急上昇した。
「それーい!」
 グバァーッ!
 同時に麻呂はケツ目がけて懸命に腕を伸ばした。
 むんぎゅぅ〜!
 そして、何かをつかんだ。
「やったぞ!よし、下してくれ!」
「はい!」
 引き上げ係たちは慎重に下そうとしたが、
 ぶち!
 あろうことかつり上げていた縄が切れてしまった。
 どさっ!
 ゴーン!
「痛っ!」
 ぴくぴく!
 かごは落ち、放り出された麻呂は、下に飾ってあった訳の分からない金銅像にしたたかに腰を打ちつけて気絶してしまった。

 引き上げ係たちはあわてた。
「しまった!」
「あわわ、何てことを!」
「大丈夫ですか〜!?」
 引き上げ係らが水をかけると、麻呂は息を吹き返した。
「ううう……」
「申し訳ありません!お具合は?」
「まあ、生きていることは生きているが、腰をやられたようだ」
「それはそれは」
「だが、つかんだものは放していないぞ」
 麻呂は気絶後も、ぎゅっと手のひらを握りしめ続けていた。
「それはようございました」
「きっと子安貝だ。今、開いて見せてやろう」
 麻呂はゆっくりと手のひらを広げてみた。
 ぴらあ〜。
 が、そこに子安貝なんてなかった。
 ぷ〜ん、くさくさうんこ〜。
 握っていたのはツバメのフンであった。
 麻呂は消沈した。
「なんてこった。『かいなし』とはこのことだ」
 腰の痛みもひどくなり、衰弱していった。

「石上様が子安貝を取るのに失敗したそうな」
「すばやく取ろうとしてかごから落っこちて大けがしちゃったそうな」
「容体は日に日に悪化しているそうな」
 知らせを聞いたかぐや姫は、さすがに心配して歌を贈った。

  年を経て波立ち寄らぬ住之江の まつかひなしと聞くはまことか
  (全然来てくださらないけど、かいなしってきいたんだけど、なんかあった?)

 麻呂は返歌した。

  かひはなくありけるものを 侘び果てて死ぬる命を救ひやはせぬ
  (貝はありませんでしたが、惨めに死にゆく僕をお助けください)

 麻呂は死んでしまったことにした。
 『竹取物語』にそうあるが、実際の石上麻呂は左大臣まで昇進し、養老元年(717)まで生きるのである。

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