ホーム>バックナンバー2014>1.源頼朝(みなもとのよりとも)は変
梶原景時(かじわらかげとき。「梶原氏系図」参照)は侍所所司。
侍所のナンバーツーであるが、その権勢は別当・和田義盛(「挑発味」参照)をしのいでいた。
「幕府の公文書に誤りがある」
「何ですと?」
景時が話しかけたのは、政所別当・大江広元(「将軍味」「栄光味」参照)。
「先代鎌倉殿(源頼朝)の死因のことだ。『落馬』とはどういうことか?」
「……」
「これがウソだということは、あなたも知っているはずだ。誤記は速やかに訂正すべし」
「……」
「何を黙っておられる?」
「先代は、偉大でなければなりません」
「無論だ」
「先代が偉大でなければ、御家人たち、そして、誰よりも尼御台(北条政子)がお許しになりません」
「意味不明なことを言われる。歴史というものは事実を伝えるべきだ。もともと私が先代の信任を得ることができたのは、木曽義仲退治の報告書の正確性を買ってくださったからだ。先代だって、御自身の死についても正確に書き残してほしいはずだ」
「事実を記せば、先代の権威は失墜します」
「そんなことはない!」
「落馬は武士らしい死に方。事実は変態みたいな死に方――」
「黙れ!黙れ!黙れ!たとえそうであったとしても、そんなことで先代の偉業がぶち壊されることはない!先代の業績は偉大であった!が、神仏ではなかっただけのことだ!事実を正しく記してこそ、現実味を帯びた歴史が伝えられるのだ!先代がどう死んだかなんてことは大したことではない!肝心なのはどう生きたかであろう!誤記は速やかに書き直すべし!」
「できない相談ですな」
「もういい!あなたがやらなければ私がやる!そう断ると思い、すでに公文書の不正部分をここに抜き出しておいた」
「何ですと!」
広元は景時がチラ見せした公文書を見てののしった。
「どっ、ドロボーじゃないですかっ!返しなさいっ!」
「訂正したら返す」
「やめなさい!そんなことすれば、あなたは関東中の御家人を敵に回しますよっ!」
景時は不敵に笑った。
「分かってくれるよう説得するが、分かってくれなければそれでもいい。その時はこちらにも考えがある」


