2.三輪伝説U 〜令嬢変死事件『日本書紀』 | ||||||||||||||
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● 日本書紀の説話 ●
昔、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)という令嬢があり、彼女のもとに通ってくる男があった。
例の大物主神である。
大物主神は暗くならないと現れず、夜明け前にどこへともなく去っていった。
そのため、倭迹迹日百襲姫命は夫の顔を見ることもできず、不満だった。
あるとき、倭迹迹日百襲姫命はたまりかねて大物主神に言った。
「たまにはもう少し遅くまでとどまっていてください。そうすれば私は、あなたのうるわしいお姿を見ることができます」
大物主神ももっともなことだと思った。
「では明日の朝、私はあなたの櫛(くし)箱の中に入っていよう」
「櫛箱の中?」
そんな小さい箱の中に、どうやって人が入るのであろうか?
大物主神が笑って言った。
「そうだ。ただし、真の私の姿を見ても、決して驚かないように」
倭迹迹日百襲姫命は変に思ったものの、翌朝、まさかと思って櫛箱を開いてみた。
するとそこには、かわいらしい小さなヘビが入っていた。
「私だ。大物主だ」
ヘビは言った。
倭迹迹日百襲姫命は悲鳴をあげた。
大物主神は人の姿に戻ると、ブリブリ怒った。
「おまえは私に恥をかかせた。今度はおまえが恥をかく番だ」
大物主神はそう捨てゼリフを残すと、大空のかなた、三輪山のほうへ飛んでいった。
倭迹迹日百襲姫命は後悔した。力が抜けたようにしりもちをついた。
その折、箸(はし)が局部に刺さり、死んでしまったという。
倭迹迹日百襲姫命は大市(おおち。桜井市)に葬られ、昼は人が、夜は神が墓を造ったという。
後に彼女の墓は箸墓古墳(はしはかこふん)と呼ばれるようになった。邪馬台国の女王・卑弥呼の墓ともいわれている、あの日本最古級の前方後円墳である。
● 検 証 ●
この説話は非常に不自然である。
どうしてしりもちをつくような場所に箸が立っているのであろうか?
仮に立っていたとしても、最悪な事態になるほど、うまいことしりもちをつくことができるものであろうか?
こんな話は新聞の三面記事でもお目にかかったことはない。ちょっと信じられない話である。
それよりもこれは殺人事件だと考えるほうが自然である。「恥をかかせた」ことに激高した大物主神が、倭迹迹日百襲姫命を刺し殺したに違いないのである。
ではなぜ、大物主神は倭迹迹日百襲姫命を殺してしまったのであろうか?
いったい彼女は彼にどんな恥をかかせたというのであろうか?
カギは「かわいらしい小さなヘビ」であろう。
彼女はヘビに驚いたわけではない。その「小ささ」に驚いたのである。彼の全身ではなく、彼の一部の大きさに驚き、バカにしたのではなかろうか?
「オオモノヌシなのに、ちっちゃい!」
思わず、そんなようなことを口にしてしまったのだ。
大物主神はカチンときた。箸を手にとって振り上げた。
「貴様のモノこそ自慢するほどのものか!」
と、怒り狂って殺害に及んだと思われる。だからこそ、彼は彼女の局部を刺したのである。
倭迹迹日百襲姫命は、伝七代大王・孝霊天皇(こうれいてんのう)の皇女とされている。そのような皇族の令嬢を殺害しておきながら、大物主神は全く罪に問われなかった。彼女の死は事故死として処理されたのである。
このことは、大物主神が司法も介入できないほどの強大な権力を持っていたことを物語っている。