5.玉砕!大足一族!! | ||||||||||||||
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山名満幸の別働隊の将・大足宗信以下三百騎は待っていた。
満幸本隊と呼応して、いつでも出撃できるように仁和寺(にんなじ。京都市右京区)で待っていた。
『義父(山名氏清)の先発隊は南から、我が軍は西から攻め込む。オレの本隊は二十九日の宵に峰の堂を下り、夜半に桂川を渡り、梅津(うめづ。右京区)を経て、明けて卯の刻頃に二条大路へ進撃する。そちの別働隊は梅津で別れ、双ヶ岡(ならびがおか。右京区)を経て仁和寺へ行き、一条大路から攻め込むべし』
『ははーっ』
前夜、大足一族が寄り合って、
『今生の名残、今夜限りになるのであろうか?』
と、話していたところ、大足平次左衛門尉が呼びかけた。
『生きて帰ろうと思うな。我らは反逆者なのだ。明日は一族そろって討ち死にするよりほか道はない。我らが死ねば、反逆の悪名は注がれ、高名だけが末代まで語られる。それゆえ、みなともに華々しく死のうぞ!』
『当然だ』
『これが誓いの証しだ』
大足一族は、それぞれの弓懸(ゆがけ。弓を射る際の皮製手袋)の中指に赤い糸を結んで誓い合ったのであった。
ところが、東の空が白んでも満幸本隊は現れなかった。
京内で幕府軍と氏清軍先発隊との戦闘が始まってもである。
「殿は何をしているのだ?いったいどこまで進軍しているのだ?」
「それが、大変言いにくいことですが、殿は迷子になられたとのこと」
「なんじゃそりゃー!」
そうこうしているうちに京から敗報が伝わってきた。
「山名高義殿、お討ち死にー!」
「小林義繁殿、敵将・大内義弘に深手を負わせましたが討ち取られましたー!」
「なんだと。もう負けたのか……」
宗信は、とりあえず梅津へ兵を退いた。
「殿を捜せー!」
が、見つからなかった。兵たちは不安になった。
「クマに食われたのではあるまいか?」
「刺客に刺されたのかもしれません」
「戦が怖くなって逃亡したのでは?」
「長〜〜〜い、野グソとか?」
思いつくのはネガティブなものばかりであった。
そこへようやく満幸が五、六騎ほどを退きつれて息を切らせてやって来た。
塩冶駿河守(えんやするがのかみ)が声を荒らげて迎えた。
「殿!今までどこにおられたんですかっ!」
「すまんすまん。道に迷っていたのだ。東の谷を駆け下りるつもりが南に向かってしまっていた。ああ、恥ずかしい!このような肝心なときに何たる失態!」
「もう山名高義・小林義繁隊は負けましたよっ!」
「やむをえまい。じきに義父氏清本隊が南から入京する。オレたちはこれに呼応して西から攻め込む。もはや二手に分かれる必要はない。全軍一丸となって二条大路を進撃する!目指すは御所!足利義満の首なりっ!」
「おおーっ!」
辰の刻(午前八時頃)、満幸軍二千騎は入京して二条大路を東上、細川頼之・畠山基国隊二千七百騎がこれを迎え撃った。
「山名満幸軍、二条大路を怒濤(どとう)の進撃ー!」
「細川・畠山隊が雀の森で必死の防戦!」
「山名氏清の兵三千、大内隊と交戦ー!」
義満はいても立ってもいられなくなった。
「頼之に加勢する。余も出陣じゃ!」
義満は篠作と二つ銘則宗(ふたつめいのりむね)という二振の太刀を差し、金覆輪の鞍(くら)に厚総尻繋(しりがい。馬具のひも)を付けた五尺の大河原毛の馬に乗った。装束は燻(ふすべ)皮の腹巻の下に黒革で縅したのを着ただけであった。
軍奉行の一色詮範と今川仲秋があわてた。
「お待ちを!」
「御出陣ならお鎧を!」
義満は聞かなかった。
「この戦は敵を退治するわけではない。家来を処罰するだけのことじゃ。したがって鎧など不要!」
こうして満幸軍に対する幕府軍は奉公衆ほか三千を加えて六千近くになった。
しかも詮範も仲秋も名うての軍上手である。
「進めー!」
「敵は小勢ぞ!押し出せー!」
が、それでも満幸軍は崩れなかった。
大足隊三百が火の出るほど善戦して一歩も退かなかったのである。
細川頼之は不思議がった。
「どうした?なぜ敵は崩れぬ」
「敵の中に火の玉のような軍団がおります」
「どんなヤツらだ」
「大足宗信率いる大足隊三百騎、いわゆる土屋党」
「ほう。ならば京極隊に側面を突かせよ!」
大嘗会畠に控えていた京極高詮隊八百騎は無傷の新手である。
高詮は喜んで出撃した。
「待ってました!」
右近馬場(うこんのばば。京都市上京区)を南に駆け、大足隊が奮戦する春日西大宮(京都市中京区)を急襲したのである。
「敵を固まらせるな!分散させよっ!敵と敵との間に入り込んで各個討ち取れー!」
これにはさすがの大足隊も崩れた。
火の玉は分散し、小さな火の粉となり、一つ一つもみ消されていった。
「もはやこれまでだ」
宗信はあきらめた。
赤い糸の切れた弓懸を平次左衛門尉に突き出して見せた。
平次左衛門尉もニヤッとして同様になった弓懸を突き上げた。
「血で染まって切れたかどうか分からないや」
二人は敵に取り囲まれた。
「我らの奮戦は、『平家物語』や『太平記』などのように語り継がれるであろうな?」
「フハハ!早くあの世へ逝って確かめようぞ!」
二人は無限に広がる敵の大軍勢の中へと斬り込んでいった。