3.勧誘!藤原宗成!! | ||||||||||||||
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藤原宗成(むねなり)という男がいた。
藤原仲成と名前が似ているが、こちらは北家の男である。
光仁天皇擁立に功のあった藤原永手(ながて)のひ孫で(「ヤミ味」参照)、かつては北家の主流であったが、三代経て落ちぶれていた(「北家略系図」参照)。
そんな宗成に悪魔の手を差し伸べた男がいた。
ほかならぬ仲成である。
「一杯どうだ?昼間っからの酒は最高だぞ」
仲成は瓶子(へいし)と杯を勧めた。
宗成は喜んだ。
「誰か知らないが悪いね。最近物価が高くていい酒に手が届かねーや」
「はい。いい酒だ」
くいっ!
「ああ。うめえ!ホントにいい酒だ!――さてはあんた、いい人だな?」
「当たり前だ」
「それに金持ちだな?」
「わかるか?」
「わかるぜー、友よっ。そうだ。今日からおれたちは友達だ。どこの者だ?なんて名前だ?」
仲成はウソをついた。
「実は伊予親王殿下の家司(けいし。親王事務所)の者だが、理由あって名は名乗れない」
「理由とは?」
仲成は宗成を小路に誘ってから、小声で答えた。
「実はおれは殿下に謀反を勧めている最中なんだ」
「ム!ムホン!」
「シッ!声がでかい」
「すまん。あまりのことに驚いてしまった」
「謀反なんてたいしたことではない」
「たいしたことだよっ!」
「誰にも言うなよ。友達だろ?酒もうまかっただろ?」
「ああ。友達だ。酒ももらった。ああ、早まった……」
「早まった?」
「いや、こっちの話だ。よし、おれは帰るっ。あばよっ!」
やばそうなので早々と立ち去ろうとした宗成だったが、
「待てよ。まだ飲み足りないだろう?中務省にお勤めの藤原宗成殿」
と、名前を呼ばれて驚き振り返った。
「なんだ。おれの名前も勤務先も知っているのか?」
「知ってるよー。うちの殿下は中務卿(中務省長官≒官房長官。「古代官制」参照)兼大宰帥(だざいのそち。大宰府長官=九州知事)、つまり、あんたの最高上司だ。だからあんたはいつでもどこでも殿下に謀反を勧めることができる」
「勧めないって!」
「頼むよ〜。おれだってしょっちゅう勧めてるんだから〜。自分だけいい子になるなよな〜。皇太子になれなかった殿下の無念を、部下のあんたはよーくわかっているだろーん?」
「わかるけど、悪いことはできないよ。それに、あんただって殿下の手下なら、殿下の性格をよく知っているだろう?あの音楽好きな穏健な方が謀反なんて考えるはずがない」
伊予親王は管弦(かんげん)の名手として知られていた。
それでも仲成は言った。
「いいや。時と場合によりけりだ。あの方は慎重なだけなんだ。必ず勝てる好機が来れば、迷わずお立ちになるであろう」
「必ず勝てる好機?」
「そうだ。北家と南家が組めば、式家に勝つことができる。わかるだろう?それには北家の一員であるあんたが殿下に謀反を勧めることが不可欠なのだ」
「……」
「観察使(かんさつし)は知っているだろう?」
「ああ。参議が改称された役職だな」
大同二年(807)四月、これまでの参議が廃され、畿内・七道に計八人の観察使が置かれた。国司の不正などを監察し、地方政治を改革するために設けられた令外官である。
仲成が続けた。
「今、観察使の連中は、地方の視察に出払っている。つまり、都にややこしい連中はいないってわけだ」
「……」
「わかるな?謀反を起こすのであれば、都が空洞化している今しかないというわけだ」
「……」
「だからおれは前から謀反を勧めているのだが、こういうことは一極ではだめだ。多方面から多くの人から勧めたほうが効果的なのだ。だからおれは片っ端から仲間に声をかけている。あんたもその一人なんだ。勘違いしないでくれ。あんただけに勧めているわけじゃないんだぞ。仲間はいっぱいいるんだ。みんなですれば怖くないっていうじゃないか。謀反だってみんなで起こせば怖くないんだよ」
「でも〜」
「それなら一回だけでいい。一回だけ殿下に『謀反を起こす気はありませんか?』って聞いて欲しい。それくらいならいいだろう?おれは今まで口が腐るほども言っているんだ。あんたは一回だけでいいんだ。お願いだ。一回だけ!そう聞いて欲しい!」
「……」
「謀反に成功すれば、あんたは観察使だ。その後はすぐに納言・大臣だ。今のままでいいのか?今のままだと、北家の傍流に成り果てたあんたに出世は見込みはないぞ。一生ないぞ。ただのクズだぞ。かわいそうだなー。かわいそうなのはあんただけじゃない。あんたの妻子もだ」
宗成は両のこぶしを握り締めた。
仲成は二本目の瓶子を薦めた。今度は干し肉のつまみもつけた。
「なあ、一回聞くだけでいいんだ。『謀反を起こす気はありませんか?』それだけでおれたちに味方したと認めよう。どうだ?たった一言しゃべるだけで公卿になれるんだぞ。こんなうまい話はほかにあるまーい」
宗成は落ちた。
「わかった。一回だけだぞ」
「うん。一回だけでいい」
「謀反を勧めるんじゃないぞ。ほんの少しでも叛意(ほんい)があるかどうか、試しに聞いてみるだけだぞ」
「ああ、それで十分だ」
「わかった。やるよ!」
「そうだ!それでこそ男だ!」
宗成は仲成から瓶子とつまみを受け取ると、逃げるように帰っていった。