5.窮鼠!藤原内麻呂!! | ||||||||||||||
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中務省は大内裏(だいだいり。皇居+官庁街)の中部、内裏の南にある。
藤原宗成はそこにお勤めなのである。
もちろん、最高上司は中務卿兼大宰帥・伊予親王。
「あの……」
あれから宗成、何度か伊予親王に声をかけようとしたが、できなかった。
「オホン!」
せき払いして近くを通ったのは、藤原仲成。
仲成は左衛士督なので、官庁街を見回っていても不自然ではない。もっとも宗成は彼が伊予親王家司の者と思っているが……。
(えーい!)
宗成は決心した。
伊予親王が独りになったのを見計らって、ついにあのことを切り出したのである。
「殿下」
伊予親王は不思議がった。
「なんだ、さっきから。何か申したいことがあるのか?」
「いえ。たいしたことではありません。心の内面のことですから」
「心の内面?」
「ええ。殿下は皇太子になれませんでしたが、そのことをお気にしているのかと」
「気にしてないよ」
「でも、少しはむかついたでしょう?ほんの少しは叛意をお感じになったのでは?」
「……」
伊予親王は答えなかった。
宗成は慌てて打ち消した。
「いえ。何でもありません。お忘れください」
伊予親王は優しかった。声だけは優しかった。
「私は信じていなかったが、おまえはとうとうそれを口にしてしまったんだね」
「え……?」
「誰か、この者を逮捕しなさい!」
宗成はたちまち近くにいた近衛舎人(このえのとねり。要人護衛官)に逮捕された。
「これはどういうこと!?」
「どういうこともこういうともない。おまえは今、私に謀反を勧めたね?」
「え!これは……、それは……、そんなぁー、ちょっと言っただけなのにぃ〜。それに、なんか早っ!」
宗成は言い訳も言えず即座に左近衛府に連行された。
伊予親王はこのことをすぐに平城天皇に報告した。
「先ほど、北家の宗成なる者が私に謀反を勧めました」
「何!」
「中には右大臣の関与も疑っている者もおります」
「何だってぇー!」
平城天皇は近くにいた藤原真夏を見た。
内麻呂の長男である真夏は平城天皇の側近である。彼は中務大輔(なかつかさのたいふ。中務省次官)を務めているため、上司の伊予親王も部下の宗成も見知っていた。
「父と宗成が……。信じられません……」
藤原内麻呂 PROFILE | |
【生没年】 | 756-812 |
【別 名】 | 後長岡大臣・閑院大臣 |
【本 拠】 | 平安京(京都市) 山城国長岡(京都府向日市or長岡京市) |
【職 業】 | 公卿(政治家) |
【役 職】 | 甲斐守→左衛門佐→中衛少将→越前守→左衛士督 →参議・刑部卿・陰陽頭→中納言・近衛大将・造宮大夫 →大納言・近衛大将→右大臣・左近衛大将ほか |
【位 階】 | 従正五位下→従五位上→正五位下→従四位下→従三位 →正三位→従二位 |
【 父 】 | 藤原真楯(房前の子) |
【 母 】 | 安倍帯麻呂(常麻呂)の女 |
【 妻 】 | 百済永継(後に桓武天皇室)・藤原永手の女 ・坂上苅田麻呂の女・依当大神の女・ら |
【 子 】 | 藤原真夏・冬嗣・秋継・桜麻呂・福当麻呂・長岡 ・率・愛発・大津・衛・助・収 ・緒夏(嵯峨天皇室)・女(紀有常室)ら |
【叔 父】 | 藤原安継ら |
【兄 弟】 | 藤原真永・永継ら |
【主 君】 | 桓武天皇・平城天皇・嵯峨天皇 |
時を同じくして藤原雄友が藤原内麻呂の別邸に乗り込んだ。彼の別邸は山城の長岡(ながおか。京都府向日市または長岡京市)にあった。
「右大臣公。宗成を逮捕しましたよ」
「ムネナリ?誰だね、それは?」
「伊予親王殿下に謀反を勧めようとした北家の男です。とぼけるところをみると、ますます怪しいですね。やはり黒幕はあなたでしたか?」
「何のことかさっぱりわからないが?謀反とは聞き捨てなりませんな。どういうことなのか詳しく説明していただきたい」
「どうもこうもない!あなたは宗成を使って殿下をそそのかして謀反を起こさせようとした!殿下ともども我が南家をつぶそうと画策したのではありませんか?」
「なんと!」
「図星でしょう!あなたは自分のしたことがわかっているのですか?いさぎよく大臣を辞任しなさい!南家としては、それで終わりでかまわない。どうですかな?」
「宗成とやらは今どこにいる?」
「左近衛府に拘禁されています」
「だったら話は早い。左近衛府は私の管轄だ。私が改めて彼を取り調べる」
右大臣内麻呂は左近衛大将(さこのえだいしょう。左大将。左近衛府長官)も兼任していた。この年、近衛府が左近衛府に、中衛府(ちゅうえふ)が右近衛府に改称されている。
雄友は笑った。
「フハッ!取り調べるって、謀反のことは宗成以上にあんたのほうが御存知なのではありませんかな?」
その頃、都では淫祀(いんし)が流行していた。
いかがわしげな神を祭り、流言飛語する巫女(みこ)たちが大路小路を跋扈(ばっこ)していた。
「皇太子になれなかった伊予親王殿下がお怒りです〜」
「姻族の南家もおもしろくないんです〜」
「伊予親王に北家の藤原宗成が謀反を勧めたんです〜」
「北家の親玉は右大臣内麻呂なんです〜」
「つまり、内麻呂公が謀反の黒幕なんです〜」
「南家の雄友卿をその気にさせたんです〜」
「バカバカしい!」
内麻呂はこれらの流言飛語を一蹴(いっしゅう)した。
次男・冬嗣が聞いた。冬嗣は兄真夏と違って神野親王の側近である。
「この謀略は南家の仕業でしょうか?」
内麻呂は笑った。
「さあ、どうかな?」
「左近衛府で拘禁している宗成の取調べは?」
「まだだ。あれの拘禁は時間稼ぎだ」
「何ゆえの?」
「そうしているうちに話のわかる連中が都に帰ってくる」
「観察使の連中ですね?」
地方に出払っている観察使の中には、藤原園人(そのひと)・葛野麻呂と北家が二人いた。また、安倍兄雄(あべのえお・あにお)は左近衛中将なので、内麻呂の話のわかる部下であり、吉備泉(きびのいずみ。真備の子)は決して権力には屈しないうるさい男である。
「そうだ。連中が帰ってこれば『鬼』はすなわち矛先を変えるであろう」
そうこうしているうちに観察使たちが都に帰ってきた。
仲成は舌打ちした。
「内麻呂め。命拾いしたな」
仲成は左近衛府に衛士たちを差し向けた。
「宗成の取調べはまだか?」
「まだです」
「もう待てぬ。左衛士府で取り調べる」
「わかりました。どうぞ」
左近衛少将・多入鹿(おおのいるか)は平城天皇の側近で、仲成とも通じていた。
こうして宗成は仲成の管轄である左衛士督に護送された。
兄雄が内麻呂に報告した。
「仲成が宗成を左衛士府に連行しました」
内麻呂はニンマリした。
「『鬼』は矛先を変えたようだ」