4.復 讐

ホーム>バックナンバー2021>令和三年2月号(通算232号)変異味 布引の滝の変異4.復讐

人類vsコロナ
1.潜 伏
2.発 覚
3.無 念
4.復 讐

 あ゛〜あ゛〜あ゛〜。
 不愉快な重低音であった。
 あ゛〜あ゛〜あ゛〜。
 人なのか獣なのか、わけのわからないものがうめいているような不気味な音であった。
 あ゛〜あ゛〜あ゛〜。

「わあー!」
 難波経房は振り切るように飛び起きた。
「どした?」
 隣で眠っていた妻も目覚めてしまった。
「恐ろしい夢を見た」
「どんな?」
「忘れた。だが、とてつもなく恐ろしい夢だった……」
「陰陽師
(おんみょうじ)にでも占ってもらう?」
「夢の内容を忘れたんだから、占いようがない」
「今日は日が悪いんじゃないの? 出かけないほうがいいわよ」
「そんなわけにはいかない。今日は清盛さまの病気全快祝いで摂津にある布引の滝に随行することになっている」
「別にあなたが行かなくてもいいんじゃない?」
「そうだけど、主だった家来はみんな行くんだ」
「やめたほうがいいわよ。今のあなたの顔の青さは尋常じゃないわ。それって、いわゆる死相じゃないの?」
「何を言っているんだ!」
 経房は怒ったが、鏡を見せられて納得した。
「わかった。今日は出かけないでおこう」

 しかし、難波経遠が迎えに来てしまった。
「どうした? みんな待ってるぞ」
「今日は具合が悪いから行かない」
「今日は清盛さまの全快祝いだ。顔だけでも出してほうがいい。具合が悪ければおとなしくしていればいいんだ。それより、どこが悪いんだ?」
「どことか言うわけじゃない。今日は日が悪いようだ」
 経遠は怒った。
「何を貴族みたいなことを抜かしているんだ! お前は武士だろ! 武士じゃないのか! 武士は生死の境目で奉公するものだ! 邪気など弓を射れば成敗できるものだ! 日が悪いなんてほざいている武士がどこにいる!」
 経房はもっともだと思って出かけることにした。

三大神滝
那智の滝(和歌山県那智勝浦町)
華厳の滝(栃木県日光市)
布引の滝(神戸市中央区)

 布引の滝は歌枕、三大神滝の一つ、生田川(いくたがわ)にある名瀑である。
 布を広げたように見えることからその名があり、上流に「雄滝
(おんたき)」が、下流に「雌滝(めんたき)」があった。
 現在では二滝の間に「夫婦滝
(めおとだき)」と「鼓滝(つつみだき)」もあり、日本の滝百選にも選ばれている。

「さすがは名瀑、絶景ですな」
 経遠がほめると、清盛が目を閉じて気持ちよさそうにした。
「視覚だけではない。滝のしぶきを浴びていると、心身ともに洗われるようじゃ」
 経遠は経房を呼んだ。
「お前も滝のそばに寄ってみろ。しぶきを浴びると気分が晴れるぞ」
「うん、そうしてみる」
 経房は滝へ寄ってしぶきを浴びようとしたが、立ち止まってしまった。
「どうした?」
「何かいる……」
「はあ?」
「今、あそこで、得体の知れない光るものが飛んだ……」
「何を言っているんだ?」
「そうだ!思い出した……」
「何を?」
「今朝、見た、怖〜い夢を……」
「え?」
 にわかに空が曇って薄暗くなってきた。
 ごろごろごろごろのぐちごろぉ〜。
「あわわわ……」
 経房はガタガタ震え出した。恐怖のあまり、刀を抜いた。
「うわあー!悪源太が来るぅぅーーーっ!!」
 ぶん! ぶぶん! ぶんぶぶんぶん!!
 経房は無茶苦茶に刀を振り回した。
「何をしている! 落ち着け!」
 経遠になだめられても、経房には聞こえないようであった。
 彼は空に向かったわめいた。
「があぁぁぁーーーー!! この死にぞこないがーー!! こっちへ来てみろ、義平っ!! 何度でも斬ってやるぜえぇぇーーー!!」
 経房は空高く刀を突き上げた。
 そこへ落雷があった。
 どがしゃーーーん!!
 びりびりびりぃーーーばんばん!
 ぐらり!
「あ゛〜あ゛〜あ゛〜」
 どちゃん!
 崩れ落ちた経房が、二度と動くことはなかった。
 その刀は、ぐんにゃり曲がってしまっていたという。
 時に仁安三年(1168)七月七日。経房の享年は不明。

[2021年1月末日執筆]
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参考文献はコチラ

※ 雷が鳴っている時に長い金属を振りかざすのはやめましょう。
※ 弊作品の根幹史料は『平治物語』です

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