1.ああ、クソ | ||||||||||||||
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屎は、豊前仲津郡(なかつぐん。福岡県行橋市・福岡県みやこ町)の丁里で生まれた。
現存する「大宝二年戸籍」には六歳とあるので、逆算すると、文武天皇元年(697)の生まれになる。
父母の名前は伝わっていないが、祖父の名前は牛麻呂(うしまろ)といった。
屎 PROFILE | |
【生没年】 | 697-? |
【出 身】 | 豊前国仲津郡丁里 (福岡県行橋市or京都郡) |
【本 拠】 | 豊前国仲津郡丁里 (福岡県行橋市or京都郡) |
【職 業】 | 奴(家人?) |
【祖 父】 | 牛麻呂 |
【主 人】 | 川辺勝法師? |
牛麻呂は、奴(ぬ。男の奴隷)であった。
おそらく、五色の賤のうちの家人だったのであろう。
日々の生活は酷であったろうが、孫の誕生に歓喜した。
「孫が生まれたんじゃ」
牛麻呂は知り合いの奴にうれしそうに話した。
知り合いの奴が聞いた。
「で、名前はもう付けたんですか?」
「いや、まだじゃ。どんな名前がいいかのう?」
「そうですね」
知り合いの奴は、占いに凝っている男であった。
彼は牛麻呂から孫の生年月日を聞いて占ってみて、悲しそうに告げた。
「だめです。その赤ん坊は、もうじき死にますね」
牛麻呂は怒った。
「まだ生まれたばかりなのに、縁起でもないこと言うな!」
「だって、私の占いでは、三年以内に死ぬって出てしまったんですよ〜」
牛麻呂は落ち込んだ。知り合いの奴の占いはよく当たるのだ。
知り合いの奴が教えてあげた。
「でも、お孫さんを助ける方法はありますよ」
「どうすればいいんじゃ?」
「悪魔払いをすることです。邪気に負けないために、お孫さんに強力な名前を付けるんですよ」
「どんな名前を付ければいいんじゃ?」
「クソですよ! クソって、名付ければいいんですよ! そうすれば、悪魔は嫌がってお孫さんに近づかなくなるでしょう」
牛麻呂は激怒した。
「かわいい孫にそんな汚らしい名前を付けられるはずがないではないか!」
「でも、そうしなければ、死にますよ」
「……」
牛麻呂は黙り込んだ。悩んだ挙句、決断を下した。
家に帰った牛麻呂は、孫に「屎」と命名したである。
屎の父は泣いた。
「これでオレはクソの父親になった」
屎の母も涙を流した。
「私はクソを産んだわけね」
牛麻呂はわめき散らした。
「なぜ泣く!
これで赤ん坊は、救われたんじゃ! 喜べ! 喜ぶんじゃぁぁー!」