3.ああ、無情 | ||||||||||||||
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牛麻呂は、自宅で縄をなっていた。
「じいちゃん!」
そこへ、屎が血相変えて駆け込んできた。
「ボクの名前を変えてくれよ! このままじゃ、恥ずかしすぎて外も出歩けないじゃないか!
生きていけないよっ!」
牛麻呂が言った。
「お前が今まで無事に生きてこられたのは、その名前のおかげなんじゃ。名前を変えれば、お前はたちどころに悪魔に取り殺されてしまうじゃろう」
「そんなバカな話があるか! 好きな女が言ったんだよ! 名前を変えなきゃ、付き合ってくれないんだよっ!
彼女に嫌われたら、ボクはもう、生きてたって仕方ないんだ! 頼むから、変えてくれよ!」
「そんな女。あきらめるんじゃ。それがお前のためじゃ」
「いやだいやだ! あきらめるなんて嫌だ! 変えてくれなければ、馬に蹴(け)られて死んでやる! 自殺してやるんだっ!」
屎は泣きわめいた。号泣しながら馬小屋から馬を連れてきた。本当に自殺しそうな勢いであった。
牛麻呂は根負けした。ため息をついて言った。
「よし。きょうからお前の名前は『屎』ではない。『馬麻呂(うままろ)』じゃ」
屎はニヤリとした。心の底から雄たけびを上げた。
「やったー!」
屎は喜んで家を飛び出していった。婢売のところに走っていった。
婢売は待っていた。笑顔で待っていてくれた。
屎は叫んだ。
「名前、変えてもらったよ!
ボクはもう、クソじゃないんだー!」
ぴゅん。
何かが飛んできた。
ぷす。
何かが刺さった。
「え?」
屎は自分の胸を見た。
矢が刺さって、見る見るじわじわ赤く染まってきた。
「どういうこと?」
屎は転んだ。
婢売の足元まできて、前のめりにドウと倒れた。
「どういうこと?」
屎は婢売を見上げた。
婢売のとなりには、いつの間にか憎たらしい主人の息子が立っていた。
主人の息子は、弓を持っていた。
「どういうこと?」
三度尋ねた屎に、主人の息子が答えた。
「この女が、うっとうしいから殺してくれ、だってさ」
主人の息子は笑った。
婢売も、うすら笑った。彼女は全然かわいくなかった。
彼女は身を翻して主人の息子に肩を寄せた。
「行きましょ」
屎は泣いた。号泣した。そして、立ち去っていく二人に、最期の罵声(ばせい)を浴びせかけた。
「汚い! 汚すぎるっ! キサマらのほうこそ、最低のクソだぁーっ!!」
[2004年6月末日執筆]
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