1.七美の悲劇

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官邸ドローン落下事件
1.七美の悲劇
2.加佐の歓喜

 おとんが手をたたいて赤ちゃんを呼んだ。
「姫たん、こっち、こっち!」
 おかんも地面をたたいて赤ちゃんを呼んだ。
「そっちじゃない!こっちだって!」
 ここは 但馬国七尾郡
(しつみのこおり・しずみのこおり。七味郡。兵庫県養父市と香美町の一部)
 二人は「姫たん」がどっちにはいずり寄ってくるか、賭
(か)けをしていたのである。
 二人は必死であったが、姫たんは適度に気が抜けていた。
「だあ」
 おとんに向いたり、おかんにはい寄っては引き返したりして、二人の心をもてあそんでいた。

 そんな時、姫たんの目の前をハラリハラリと木の葉が舞い落ちた。
「ばぶー」
 姫たんは木を見上げた。

 樹上に鋭い視線があった。
 ぶわさ!
 鋭い視線の主が空を舞った。
「ばぶ?」
 かと思ったら、急降下してきた。
 キーン!ガシ!
 姫たんは爪
(つめ)を立てられた。
 ばあ!
 土煙とともに宙に舞い上がってしまった。
「おぶ!?」
 姫たんはわけが分からなかった。
 おとんはびっくりした。
「ああ!姫たんが、ワシに!」
 おかんはとっさに近くに落ちていた木の棒をつかみ、
「えーい!このっ!このっ!」
 振り回したが届かなかった。
「あっ、高いんだから〜」
 姫たんをさらったワシは、あっという間に天へ昇って点になると、東のほうへ飛んでいった。
「いやー!姫たーん!」
 おかんが叫び、
「追いかけるぞっ!」
 おとんは走った。
 でも、ワシの速さはすさまじく、すぐに山の向こうに見失ってしまった。
「ワアー!姫たん〜ん」
 おかんは座り込んでしまった。
「あきらめるんじゃねえ!」
 おとんは山を越えて追いかけて捜し回った。
「このくらいの赤ちゃんをさらっていったワシを知りませんか?」
 近隣の住人たちに手当たり次第に聞いて回ったが、見つけることはできなかった。
「姫たん……」
 おとんとおかんはあきらめた。
 ワシにさらわれたということは、エサにされたということである。
「今頃うちの赤ちゃんは、ワシの赤ちゃんの胃袋の中に……」
「そんなこと言うなー!」
「かわいくてかぐわしかった姫たんが、汚くて臭いフンに……」
「やめろー!やめるんだー!」
 おとんとおかんは抱き合って泣いた。
 姫たんの葬式を出して冥福を祈った。
 時に皇極天皇二年(643)三月のことだという。

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