2.ヒミツの会合

ホーム>バックナンバー2008>2.ヒミツの会合

宝くじ二億円当選女性殺害事件
1.京都へ行こう
2.ヒミツの会合
3.かぎつけた妻
4.追い詰められた夫
5.で、ばらしちゃった

 翌元亨四年(1324)八月、船木頼春のところに土岐頼兼と多治見国長からお誘いがあった。
 いつしか頼兼は三条堀川
(さんじょうほりかわ)の、国長は錦小路高倉(にしきこうじたかくら)の篝屋守護人になっていた。
「宴会だ」
「宴会?何の?」
「さあ?何か知らないが、偉い人のおごりだそうな」
「偉い人って誰?六波羅殿
(ろくはらどの。六波羅探題北方・北条範貞。「北条氏系図」参照)とか?」
「いや。公家の偉い方だそうな。その手下でお迎えの公家の方と車が来ている」
「クルマ?」
 無論、自動車ではなく牛車
(ぎっしゃ)である。
「へー。公家の方はいまだにこんなもんに乗ってらっしゃるんですか?」
「いいえ、珍しいですよ。普段は乗っていません。儀式用ですね」
 お迎えの公家が答え、頼春らに近づいて小声になった。
「――今日は初めてなので特別です。次回からは馬か徒歩でお越しください。――あ、申し遅れました。私は蔵人頭
(前年昇進)の日野俊基です」
「それがしは美濃の住人、土岐十郎頼兼」
「同じく多治見四郎二郎国長」
「同じく船木左近蔵人頼春」
「さ、さ、どうぞお乗りください。宴会は無礼講なので、実は身分や名前はどうだっていいんですよ」
「ブレイコウ?」
「フフ、着けばわかります」

 車は鴨川(かもがわ)べりの怪しげな廃屋に着いた。かつては名のある大臣の邸宅だったようで、かなり大きいものである。
 頼春は身震いした。
「なんか出そうですね」
 俊基が笑った。
「御安心を。この世の中には人間より怖いモノはおりません」
 邸内にはすでに大勢の人がいるようで、笑い声や嬌声
(きょうせい)などがもれ聞こえてきた。
 入口のところで俊基が言った。
「あ、ここで上着や履物をお脱ぎください。烏帽子
(えぼし)もお取りください。身分や職業のわかるようなものはすべてお取りください。ここでは老若男女貴賤尊卑(きせんそんぴ)は関係ありません。みな同等の格好で自由に語り合い、騒ぎ合い、むつみ合うのです」
 国長は喜んだ。
「本当にいいのか?ウハハ!それがしらのように身分が低い者にとっては天国のようなところではないか!」
 俊基はうなずいた。
「そうです。ここは天国なのです。やがてこの天国は、全国に広められることになるでしょう。広められなけれはなりません。偉大なる帝の御名の下に――」

 会場では名のある貴人が遊女を両わきに抱えて飲み食い歌い騒いでいた。
 中納言
(「古代官制」参照)花山院師賢(かざんいんもろかた)、左近衛中将(さこのえちゅうじょう)四条隆資(しじょうたかすけ)、右近衛少将・洞院実世(とういんさねよ)、中宮亮(ちゅうぐうのすけ)平成輔(たいらのなりすけ)、聖護院(しょうごいん。京都市左京区)僧・玄基(げんき)、僧・游雅(ゆうが。祐雅)三河の武士・足助重成(あすけしげなり。重範)といった面々である。

 頼春らのところにも、
「いらっしゃいませー!」
 と、見目麗しい若い遊女たちが取り巻いて、争うように酒を注ぎに来た。遊女たちはスケスケの上着一枚を身についているだけであった。
「初めての方ですか〜?」
「これ、おいしいですよー。はい、あーん」
 頼兼と国長は喜んだ。
「なんてぶっ飛んだところなんだ!」
「ここは竜宮城か?天国か?」
 が、まじめな頼春は緊張していた。
 遊女の一人がそんな頼春に近づいてきた。
「どうかしました?」
 遊女、頼春にくっついて酒を注ぐ。
「まさか、こんなところとは思わなかった。目のやり場に困るよ」
「我慢しなくても見てもいいのよ。ほらあ!」
 遊女は上着をおっぴろげて見せた。
「ぶっ!」
 頼春は酒を吹き出した。真っ赤になっておろおろした。おっぴろげ女はおもしろがってパタパタやった。
「ほらあ!ほらあ!」
「やめろー!おれにはかわいくて怖い妻がいるんだ!もう帰るっ!」
 出て行こうとした頼春を、頼兼と国長が必死になって引きとめた。
「こんな楽しいのに何で帰るんだ?」
「もったいない!おぬしはまじめすぎるんだよっ!内と外では別の顔をしてりゃあいいんだよ!」
 二人は押さえつけたが、頼春は暴れた。
「のけー!だいたいこの会合は何の集まりなんだ?打ち合わせでもなんでもなく、ただ女とベタベタしてバカ騒ぎしているだけじゃないか!目的はなんなんだ!?」
 俊基がやって来た。
「目的は奥の房
(へや)で主催者が説明いたします。御三方、奥の房へどうぞ」

 奥の房は離れにあり、静かであった。灯台も一つだけで薄暗かったが、上座に人が座っているのはわかった。
「ようこそ、土岐の方々ですね?私は権中納言の日野資朝です。頼春殿、驚かせてすみませんでしたね」
「い、いえ」
「目的が知りたいのは当然のことです。そのためにあなた方に集まっていただいたのですから。無礼講は世間に対する目くらましに過ぎません。本当の目的は、秩序の回復です」
「秩序の回復?」
「そうです。執権などという陪臣中心の世の中ではなく、かつての帝中心の世の中に戻すのです。革命を起こすんですよ」
 頼兼らは顔を見合わせた。
「すると、昔の後鳥羽院の御謀反
のように?」
承久の乱は禁句です。私たちが目指すのは治承・寿永の乱のほうです。そもそも『御謀反』などという言葉は存在しません。謀反とは帝に対する反逆を指します。帝自身がそれを起こすことはありえません。御謀反とは秩序を乱した鎌倉幕府が作った造語なのです。そうです。朝廷から天下の実権を奪った幕府こそが真の謀反人なのです」
 資朝は続けた。
「幕府とは、帝が東夷を討つために任命した征夷大将軍の陣所のことです。それが今では幕府そのものが東夷に成り果ててしまいました。東夷はすみやかに新たに任命した征夷大将軍によって滅ぼさなければなりません。新将軍源頼貞によって――」
「し、し……」
「新将軍……!」
「源頼貞……!!」
 頼兼も国長も頼春も仰天した。
 資朝はニヤリとした。
「そうです。あなた方の御主君土岐頼貞殿は諸国の源氏に先んじて帝になびき、あなたがたをここに遣わしてくれたのです!」
「……!」
「……!」
「……!」
 資朝は後醍醐天皇綸旨や頼貞からの書状を頼兼と国長と頼春に見せながら作戦を明かした。
「来る九月二十三日、北野
(きたの。京都市上京区)で祭りが開かれます。この祭りでは、毎年決まってけんかが起こります。その混乱に紛れ、六波羅探題北方・北条範貞(ほうじょうのりさだ。常葉範貞)を殺害してほしいのです。今月、六波羅探題南方・北条維貞(これさだ。大仏維貞。「大仏氏系図」参照)鎌倉に帰りました。つまり、範貞さえ殺せば、六波羅は混乱します。機に乗じて南都・北嶺僧兵たちが宇治(うじ。京都府宇治市)・勢多(せた。滋賀県大津市)を固め、諸国の源氏が決起する手はずになっています。細かいことはこれから会合を重ねて決めていくつもりです。賛同してくれますか?」
 国長が答えた。
「やらないはずはないでしょう。主上の御命令であり、主君の命令であれば、我々に反対する理由は何もありません」
 頼兼も頼春も同じた。
「主君が将軍になれば、我々はその直参となる。武士としてこれ以上の誉れがあろうか?」
「死を賭
(と)して必ずや遂行して御覧に入れましょう!」
 資朝は満足した。
「さすが清和源氏の血を引く方々は話が早い。事成った暁には、各々方、国司以上の褒美は間違いないでしょう」
「ははー!」
「ありがたき幸せー!」
「光栄至極に存じまするー!」

歴史チップス ホームページ

inserted by FC2 system