1.鈎の陣

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北陸新幹線延伸開業
1.鈎の陣
2.蓮如の子たち
3.一向一揆蜂起
4.高尾城の戦

 室町幕府九代将軍足利義尚(「足利氏系図」参照)は戦争の申し子である。
 戦国時代の起源は応仁の乱にあるが、この乱の根源こそ、この男が誕生したことにあった。
 つまり、この男が生まれなければ、応仁の乱はおろか戦国時代も存在しない、つまらな〜い日本史になっていたはずである。
「出陣じゃー!」
 長享元年(1487)九月、その義尚が、最後にして最大の戦いに挑もうとしていた。
「大乱は終わったものの、天下は何でもアリになった!守護大名国人たちは力に任せて人の物を奪い、軍備増強に精を出している!余はこれら不埒
(ふらち)なヤカラに対する見せしめとして近江守護・六角行高(ろっかくゆきたか。後の高頼。「六角氏系図」参照)めを成敗することにした!力の支配の時代が終わったことを示すために、間近で最強の守護大名に犠牲になってもらうことにした!すべては天下の秩序を取り戻すため!みなの者、酒はいくらでも出す!女もいくらでも連れてくる!励めっ!」
 義尚はこれより二年後に二十五歳で没することになるが、酒色におぼれていたことが命を縮めた原因ともいう。

 九月下旬、管領・細川政元(ほそかわまさもと。「細川氏系図」参照)尾張守護・斯波義寛(しばよしひろ。「斯波氏系図」参照)若狭守護・武田国信(たけだくにのぶ。「武田氏系図」参照)加賀守護富樫政親(「富樫氏系図」参照)ら率いる幕府軍数万人(十万人とも)が近江へ進攻、瞬く間に六角を甲賀(こうか・こうが。滋賀県甲賀市)へ敗走させた。
「完勝ではないか」
 鈎
(まがり)の安養寺(あんようじ。滋賀県栗東市)に陣取った義尚は高笑いであったが、軍奉行(いくさぶぎょう)を務めた政親は渋い顔をしていた。
「六角が潜伏した甲賀を攻めるのは厄介です。小山が点在しているため、どこに隠れているのか、どこから攻められるか分かりません。これは長期戦になりますね」
「よいよい。余は地の果てまでも賊を追い詰めるつもりじゃ」
「しかし拙者には長期戦に耐えるカネがありませぬ」
「なぜじゃ?」
「民が年貢段銭を納めてくれませぬ」
「何じゃと?」
「納税がどうのという以前に、働いてもくれませぬ」
「民はみな遊んでいるのか?」
「いいえ」
「では何をしているのじゃ?」
念仏三昧
(ざんまい)でございます」
「ネンブツザンマイだと!? メシより信仰が大事だと申すのか!?」
「いえ、自分たちの食糧は確保しているようです。お上に差し出すくらいなら、上人さまに寄付したほうがいいと」
「上人さまとは蓮如のことだな?」
「御意」
「悪人すら救済する、生臭坊主本願寺蓮如のことだな?」
「御意御意。――そうそう。つい先日、蓮如の五人目の妻が子を産みました」
「五人の目の妻!」
蓮如より五十年下の新妻です」
「まるで祖父と孫娘!」
「産まれたのは蓮如の十三女だそうです」
「ジュジュジュ、十三女!!」
蓮如には現時点で男子も八人います」
「合わせて二十一子!! 仏教徒とはとても思えぬ邪淫
(じゃいん)ヤロー!!」
「それが、蓮如に言わせれば邪淫ではないと」
「ウソつけ!」
「『邪淫とは不倫のこと。私の場合、妻の死没後に次の妻を迎えているので不倫ではありません』と」
「ワハハ!言い訳にしか聞こえぬわっ!」
「前の四人の妻は、いずれも都合よく三十代前半で死没」
「それだけ続くと、何か事件の臭いもするな」
「つまり蓮如が抱く女は、この四十年間ピッチビチの若い娘ばっか」
「けっ、けっ、けっ、けしからーん!!」 
 義尚は激怒して命じた。
「一向宗徒はなぜそのようなうさんくさいスケベジジイにカネを貢ぐのか!すぐに加賀へ帰国し、早急に年貢段銭を納めるように宗徒を説得せよ!聞かねば武力で脅してもかなわぬ!案ずるな!越前越中能登からも援軍を送らせる!」
「御意!」

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