3.一向一揆蜂起

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北陸新幹線延伸開業
1.鈎の陣
2.蓮如の子たち
3.一向一揆蜂起
4.高尾城の戦

 一向宗徒は盛んにを開いていた。
 道場に集まって議論をするのである。
 山川高藤の説得が聞き入れられず、一向宗徒と富樫政親との関係が決裂した後は、は軍議の場になった。
「高尾城に軍勢が集結しているとはいえ、たったの一万人だ。国中の一向宗徒が立ち上がれば二十万にはなる。このまま戦ったとしても数の上では勝てる」
「二十万人というのは老人や女子供も含めての数だ。城方は精鋭一万人だ。しかも城攻めには三倍の兵力が必要だという。数だけでは勝利を確信できるまでにはいかない」
「勝利の確信どころではない。越前越中能登から援軍が来襲すれば、取り囲まれた我々の方が不利になる」
「心配には及ばぬ。越前の朝倉
(あさくら)は動かぬ。越中のザコどもは我らの強さを知っている。援軍が来るとすれば、能登の神保(じんぼ)ぐらいだ」
「いずれにせよ、このまま戦えば我らは守護に歯向かう反乱軍だ。兵力はどうであれ、立場が悪い」
「その問題については簡単に解決できる。反乱軍でなくなればいいだけのことだ」
「どのように?」
「隠居した前守護・富樫泰高
(やすたか)殿を担ぎ出し、再度守護になってもらう」
 富樫泰高は政親の大叔父
(祖父の弟)である。
 寛正五年(1464)に高齢を理由に幕府に隠居を申し出て許されていたのである。
「なるほど、あの御老体であれば、傀儡
(かいらい)にはうってつけだ。しかし、我らに味方してくださるであろうか?」
「味方するしかあるまい。しなければ仏になってしまうことぐらい分かっておられるはずだ」
「こわいよ〜」

 長享二年(1488)五月、一向一揆は決起し、久安砦(ひさやすとりで。金沢市)を構築して高尾城と対峙(たいじ)した。
 蓮綱・蓮誓らが大乗寺
(だいじょうじ。石川県野々市市)に入り、富樫泰高が手勢二千人を率いて本陣とした。
 本陣に各隊の布陣報告が続々と入ってきた。
「上久安に洲崎慶覚、洲崎久吉
(慶覚の子)、河合宣久、石黒正末隊一万が布陣!」
「馬市に笠間家次隊七千、額口に安吉家長隊八千、山科に山本円正
(祐賢)隊一万、押野に高橋信重隊五千が展開!」
「藤岡諏訪神社には白山宮
(はくさんぐう。石川県白山市。白山比盗_社)の衆ら三千、野々市諏訪神社に能美郡(のみぐん)の衆五万、広岡山王神社に石川郡(いしかわぐん)の衆、大衆免(だいじゅめ)に加賀郡(かがぐん)の衆が参陣!」

 雲霞のような大軍勢に取り囲まれた高尾城の富樫軍はおびえていた。
「なんじゃこりゃ〜。アリンコでもこんなにたくさん集まっているの見たことないぞ〜。敵はどんだけおるんじゃ〜?」
「なななんと、二十万人だそうですよ」
「はえやー!こっちが一万で向こうが二十万!これ、ちょっと、まずいんじゃないかい?」
 ビビりまくる城兵たちを、政親が鼓舞した。
「みなの者、大丈夫だ!もうじき越前越中能登から援軍が来る!」
 しかし高藤がぶち壊す報告をした。
「それが、援軍は来られなくなったそうです」
「なにゆえ?」
越前からの援軍を引き入れるために差し向けた松坂信遠
(まつざかのぶとお)が、あえなく討ち死にしたとのこと」
「何だと!――だが、まだ越中能登がある!」
能登もダメです。国境へ向かった私がこの通り敗れて逃げ帰ってきています」
「そうであったな。では越中は?引き入れに失敗したとしても、援軍自身が勝てば問題ない」
「それもダメなんです。越中からの援軍は倶利伽羅峠
(くりからとうげ。富山・石川県境)で、能登からの援軍は河北潟(かほくがた。金沢市・石川県内灘町)で、それぞれ一揆勢に惨敗し、撃退されてしまいました」
「ようするに、ここの城兵だけで戦うしかないのだな?」
「御意」
「……」
 消沈してしまった城内の空気を、猛将・本郷春親
(ほんごうはるちか)がカッカと笑い飛ばした。
「では、一揆どもとの決戦の前に、俺が一つ景気よく挨拶しに行ってきてやろう!」
 彼はそう言い残すと、鎧兜
(よろいかぶと)を身に着け、黄金作りの太刀を下げ、鏃(やじり)をむき出しにした矢筈(やはず)を負い、漆塗の籘巻の弓を握り、赤母衣(あかほろ)をまとい、白馬にまたがると、楯(たて)を持たせた家来だけを連れて城外へ飛び出していった。
「やあやあ我こそは、能美郡本江
(石川県小松市)の侍、本郷修理進春親なり!」

 一揆勢は本郷春親の姿を確認した。
 緊張が走ったが、単騎とみて安心した。
「何をしに来た?」
「何か言ってるぞ」
「みなの者、静まれ!」
 春親は叫んだ。
「ようもようも滞納連中がわんさとわんさ集まってきたものだ!貴様らはお屋形さまの国に住みながら、税も納めず日々念仏に明け暮れた結果、武器を取っての謀反にまで及んだ!古今東西、官に歯向かった民は、ろくな死に方はしていない!伯夷
(はくい)・叔斉(しゅくせい)のような賢人ですら餓死するしかなかったのだ!お屋形さまは北斗七星の生まれ変わり藤原利仁(ふじわらのとしひと)将軍の子孫である!将軍さまの信頼も厚い文武両道の賢者である!このような貴い名君に向かって弓を引くとは、地獄の閻魔(えんま)大王も許すまいぞ!今からでも遅くはない!鎧を脱ぎ、武器を捨ててお屋形さまに降参せよっ!」

 すると、一揆勢からは長い太刀(たち)と強弓を持ち、黒馬に乗った鎧武者が出てきて叫び返した。
「能美郡河合村
(石川県白山市)の住人、河合藤左衛門宣久である!貴殿の言うことには少なからずも誤りがあるので訂正してやろう!民の暮らしも考えずに増税を繰り返し、将軍に命じられるままに際限なく軍拡するお屋形が貴い名君であろうはずがない!お屋形が将軍から信頼されているなど思い上がりである!将軍はお屋形を頼りにしているわけではない!我々から取り上げたカネが欲しいだけであろう!」
 宣久が引き返そうとすると、ムカついたのか城からパラパラと矢が飛んできた。
 一揆勢も応戦したが、暗くなったため休戦した。

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