1.第一次鳥取城攻め | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年9月号(通算239号)放置味 鳥取の渇殺し1.第一次鳥取城攻め
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「毛利輝元につくか? 織田信長につくか?」
天正年間(1573-1592)、中国地方の戦国武将たちは揺れていた。
「強い方につかなければ生き残れないが、現時点ではどちらが強いのかわからない」
因幡鳥取城(とっとりじょう。鳥取県鳥取市)主・山名豊国(山名禅高)も迷っていた。
山名氏といえば、かつては一族で十一か国もの守護職を独占し、「六分の一殿」と呼ばれていた大大名であったが(「戦争味」等参照)、今は二大勢力に挟まれ、かろうじて因幡守護だけを継承する弱い立場になり果てていた(「山名氏系図」参照)。
それでも、豊国は楽観的であった。
「余は戦は嫌いじゃ。戦をしていると、和歌や連歌、茶の湯や将棋ができなくなる。願わくば、毛利とも織田とも仲良くしたい。話せば分かるし、ニコニコしていれば大抵のことはごまかせる」
平和主義者の彼は、毛利軍に攻められれば毛利に、織田軍に攻められれば織田に、即座に降参してしのいでいた。
これが毛利方の山陰担当部将・吉川元春ににらまれた。
「山名はいったいどっちの味方なのか?」
元春は毛利元就(輝元の祖父)の次男で、元就死後は弟の小早川隆景とともに輝元を補佐し、数々の戦いで先鋒を務めてきた猛将である。一本気の彼は、豊国の二股膏薬(ふたまたこうやく)が許せなかった。
「山名に二度と寝返らせるな!」
元春は豊国や家臣たちの家族を人質に取った。
そのため、豊国は織田方に寝返れなくなってしまった。
織田方の部将・羽柴秀吉は不思議がった。
「どうして話がわかる山名は寝返らなくなった?」
「さあ。毛利に人質でも取られたのでは?」
軍師・黒田官兵衛(黒田孝高・黒田如水)が突き止めた。
「思ったとおりです。吉川元春が山名豊国や家臣らから人質を取り、因幡鹿野城(しかのじょう。鳥取市)に押し込めているとのこと」
「ならば鳥取城より先に鹿野城を攻略すればよい」
「御意!」
天正八年(1580)夏、羽柴秀吉は因幡に侵攻、鹿野城を落としてから鳥取城を攻囲した。
豊国は城下に群がる大軍にビビった。
「すごいたくさん来たね。すっかり取り囲まれちゃったね。怖い怖い」
家臣の森下道誉(森下吉途・森下通与)と中村春続が忠告した。
「いけませんよ、寝返りは」
「我々は毛利に人質を取られているんですからねっ」
豊国は思い出した。
「そうだった! 余はかわいいかわいい娘を人質に取られているんだった」
「お屋形様のお嬢様は本当にかわいいですからね〜」
森下が言うと、中村が対抗した。
「うちの子のかわいさも負けていませんよっ」
豊国が確認するように言った。
「そうだそうだ。かわいい子たちを犠牲にはできない。毛利と織田、両方についてわかったことがある。織田は利で動くため、味方を簡単に捨て石にする。織田と比べると毛利には情がある。危なくなれば、必ず助けに来てくれる。山名はどんなに攻められても、毛利に味方し続けるしかあるまい。山名一族は未来永劫(えいごう)毛利の麾下(きか)なり!」
森下と中村も同調した。
「よくぞおっしゃいました!」
「異議なしっ!」
ところが、官兵衛が城に向かってとんでもないことを叫び始めた。
「鹿野城は織田方に落ちた! 城に閉じ込められていたお前たちの人質は全員織田方が接収した!
どうだ? 見覚えあるであろう!」
官兵衛は城内からよく見えるふもとに、磔(はりつけ)台を何本も設置した。
磔台にはそれぞれ見覚えのある人質が縛り付けられていた。
「!」
「!」
「!」
縛られたのは、間違いなく豊国や森下や中村の子たちであった。
「えーんえーん」
「怖いよー」
「私たち、どーなるの〜?」
官兵衛は人質の下から槍(やり)や薙刀(なぎなた)を突きつけて脅迫した。
「よく聞け! 人質を殺されたくなければ、今すぐ織田に投降せよ! 投降すれば、人質を殺さないどころか、因幡一国を安堵(あんど)するであろう!」
人質の子どもたちはますます泣き騒いだ。
「いややー!」
「やめてー!」
「父上、助けてー!!」
城内はざわめいた。
豊国は動揺した。
「余の娘が泣いている……」
中村は泣きそうになった。
「拙者の子もですよっ」
豊国は翻した。
「よし、わかった! かわいい子たちを犠牲にはできない。織田方に人質が渡っているのなら降伏するしかない」
「何を言っているんですか!」
森下は反発した。
「もう寝返りはゴメンです! 寝返ってばかりいては信用されなくなってしまいますよ! 我々はもう、毛利につき続けるしかありません! お屋形もさっき言ったじゃないですか!山名一族は未来永劫、毛利の麾下なりって!」
「ううう……」
森下はふもとに向かって叫んだ。
「脅しには乗らねーぞ! 殺したけりゃ殺してみろ! 山名一族は未来永劫、毛利の麾下なり!」
「ほう」
官兵衛はあざ笑った。
森下を指して周囲の者に確認した。
「今、叫んだのは、兜(かぶと)から見ると森下道誉だな?」
「そのようですね〜」
「そうか。それなら森下の子から殺(や)ってしまえ!」
「ははっ」
命じられた武士は、森下の子を槍で刺しつらぬいた。
ブス!
「ぎゃー!」
森下の子は血しぶきを上げると、がっくりとうなだれて絶命した。
「あああ……」
森下は悲しみのあまり過呼吸になった。
中村が官兵衛をののしった。
「酷い! 酷すぎる! これが人間のやることかーっ! やっぱり、情があるのは織田より毛利だ!
俺たちは決して、鬼悪魔の手先なんかにはならねーぞーっ!! 山名一族は未来永劫、毛利の麾下なり!」
城兵たちも騒ぎ立てた。
「鬼ー!」
「天魔ー!」
「地獄に落ちるぞーっ!」
「フフフ、心地よい悪口だの〜う」
官兵衛は動じなかった。
つい先年まで有岡城(ありおかじょう。兵庫県伊丹市)の土牢の中で生死の境をさまよい、裏切り者の汚名まで着せられていたこの男には、全く響かなかった。
「戦とは、かくあるものなり」
官兵衛が合図すると、今度は中村の子が刺し貫かれた。
ぐさあ!
「ヒーッ!」
中村の子も血煙を上げてすぐに絶命した。
中村はわなないた。
「お、おのれ……、まるで虫でも殺すように簡単に殺しよって……」
中村は地面をたたいて悔しがった。
官兵衛は更に大声でわめき散らした。
「山名豊国! 今度は貴様の娘の番だ! 降伏しなければ、森下や中村の子のように、本当に貴様の娘もぶち殺すぞっ!
ほら! 雪の肌に氷の刃が突きつけられているのが見えないのかっ! 悪いことは言わぬ!
降伏しろっ! 貴様には特別に三日だけ猶予を与える! 降伏しなければ、明日はツンツン、明後日はチクチク、明々後日はブスブスであの世逝きだぜーっ!」
豊国の娘は泣き騒いだ。
「いやー! 死にたくないよー! お父さん、見てるんでしょー!? 早く助けてよぉー!!」
「娘が叫んでいる……。父に助けを求めている……」
豊国は頭を抱えた。
「うああ! どうすればいいんだ〜!」
すでに子を殺されている森下と中村は、ますます強硬であった。
「どうするって、決まっているじゃないですか! 山名一族は未来永劫、毛利の麾下なり! お屋形様が言い出したんですよ!」
「そうですよ!織田には情がなさすぎます!こんな非情な連中とは、付き合い切れませんっ! 断固抗戦し、毛利の救援を待ちましょうっ!」
「で、でも〜」
「でも、何ですかっ?」
「明日はツンツン、明後日はチクチク、明々後日はブスブスなんだよ〜。酷すぎるよぉ〜」
「うちの子はいきなりブスブスあの世逝きでした!」
「拙者の子もですよっ!!」
「お父さん、助けてー!!」
また、娘の声が聞こえてきた。
豊国はもう迷わなかった。
「よし、決めた! 降伏する!」
豊国は塀際まで駆け出すと、ふもとの娘に向かって呼びかけた。
「待ってろよー! お父さん、今、助けに行くからなーっ!!」
「うん、待ってるーん!」
これには森下と中村が怒り出した。
「ど、どっ、どういうおつもりですか?」
「まさか本当に降伏するおつもりで?」
「その、まさかだ。今から織田軍に投降しに行く」
「ありえねー!」
「うちの子は死んじゃったのに、投降なんてさせねーぞ、コラッ!」
「したくないヤツはしなくていい。余は投降する。だって、余は娘がかわいいもーん」
「うぐぐ……、拙者の子だってかわいかったんですよっ!」
「ひでえ! こんな大将ひどすぎるっっっ!!」
「不満な連中はついてくるな。投降したい者は余とともに城を出よ」
天正八年(1580)九月、豊国は百騎ほどを引き連れて羽柴秀吉に投降した(単騎で投降したとも)。
秀吉は豊国を鳥取城主に留めたが、因幡一国の安堵は反故にし、二郡だけを与えた。
報告を受けた森下や中村は激怒した。
「因幡八郡のうち二郡だけ!? 約束が違うじゃないですか!」
「もうこんな頼りない城主なんていらない! 毛利から別の城主を派遣してもらう! お前なんか、どっか行け! シッ! シッ!」
豊国は鳥取城を追放されてしまった。
やむなく彼は、姫路城(兵庫県姫路市)に引き上げる秀吉に臣従することにしたのである。