2.第二次鳥取城攻め | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年9月号(通算239号)放置味 鳥取の渇殺し2.第二次鳥取城攻め
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「山名豊国のようなサイテーなヤツではなく、もっと頼りがいのある城主を派遣してください」
森下道誉と中村春続の要請により、吉川元春は牛尾春重(うしおはるしげ。牛尾元貞)を新城主として派遣してきた。
が、牛尾は程なくして負傷(または落命)したため、元春は一族の吉川経家を新城主に任命した。
天正九年(1581)二月、経家は八百騎を率いて鳥取城に入城した。
その際、経家は首桶(くびおけ)を持参していた。
「私が新城主になった吉川式部少輔経家だ! この城を任されたからには、死ぬ気で守り通す!
このとおり、いつ死んでもいいように自前の首桶も持参してきた! 諸君も死ぬ気で戦うように!」
森下は中村らはメロメロになった。
「たのもしーい!」
「この人の下でなら戦えるーん!」
経家は森下に聞いた。
「ところで、この城には兵糧がどのくらいある?」
「城兵の数は合わせて千四百人に増えましたので、三か月分ぐらいかと」
「三か月分? 少なすぎるではないか!」
「実は先日、若狭から米買い船がやってきて、高値で買い取ってくれるものだから相当数売ってしまいました」
経家は笑った。
「まんまと引っかかったな。それは織田方の計略だぞ。今、兵糧攻めにあったらひとたまりもない」
「でも、銭が増えましたので、米がなくなったら買えばいいかと」
「分からぬのか? 米を買い占められていたら、銭などいくらあってもどうにもならぬ」
「でも、七月になれば年貢も入ってきますし」
「今はまだ二月だ。三か月分では五月までしか持たぬ」
「では、どうすれば?」
「城内になければ外から運び入れるしかあるまい。兵站(へいたん)は戦の基本じゃ」
経家は吉川元春に兵糧不足を知らせると、鳥取城のある久松山(きゅうしょうざん。鳥取市)の北西に出城として雁金山城(かりがねやまじょう。雁尾城。城将・塩谷高清)と丸山城(まるやまじょう。城将・奈佐日本之助)を築いて補給路を確保した。
天正九年(1581)六月、羽柴秀吉は二万騎を率いて姫路城を出陣、突貫工事で強力な陣地群を構築すると、あっという間に鳥取城を完全攻囲した。
森下や中村は、ちょっと恐怖した。
「あらあら。前よりすごい本格的な取り囲み方ですな」
「アリのはい出るスキもありませんな」
それでも、新城主・経家を信じていた。
「大丈夫。前回とは大将の器が違いますからね」
「補給路も築いて兵糧攻めに耐えられる備えもしましたし」
ところが、その補給路が早々に絶たれた。
秀吉の部下・宮部継潤(みやべけいじゅん)が雁金山城を陥落させたのである。
城を守っていた塩谷高清(えんやたかきよ)は丸山城に逃れて補給路が断絶したため、城内には兵糧が入ってこなくなった。
そればかりか黒田官兵衛に襲撃された近隣の百姓二千人余りが助けを求めて鳥取城内に逃げ込んできたため、兵糧の減りが早くなってしまった。
「これはまずい」
経家は何度も雁金山城奪還を試みたが、ことごとく失敗に終わった。
「ああ、腹減った」
「動けねー」
兵糧が減ってくると、城兵たちの戦う気力は失せてきた。
まずは百姓から飢えてきた。
配給が回ってこなくなった雑兵も飢えてきた。
こうした下々の者たちは、そのへんの草を食べてしのいだ。
牛馬を殺して食べた。
小動物や虫は、ごちそうになった。
が、みんながそうするようになると、城内では草が生えなくなった。
動物や虫の鳴き声も聞こえなくなった。
「草もねえ、虫もいねえ、おらの城には何もねえ♪」
「なにか食べるもんないかあ〜?」
「土とか壁とかって、食べようと思えば食えるんじゃね?」
モグモグ。
「うぐっ! ペッペッ! おえーっ!ダメみたい〜」
どうにも受け付けなかった。
下々の者たちは困った。
こうなったらもう、命がけで敵に頼むしかなかった。
塀際まではい出てきて、織田方の雑兵に物をねだった。
「何でもいいから食べ物をくれぇ〜」
「食えるものなら何でもいいからさ〜」
「お願いだ〜。腹減りすぎて死にそうなんだよ〜。助けてくれよ〜」
しかし、織田方の城兵は、みんなつれなかった。
「ダメだ。降伏するまでは絶対に敵には物を与えるなと触れが回ってきているんだよ」
「降伏する! 降伏する! 降伏するから何でもいいから食べ物をおくれよ〜」
「お前たち下々の者では話にならない。何か食べたかったら、お偉方に開城するようにお願いしろよな」
「お偉方様たちは、下々の者の言うことなんか聞いてくれないんだよ〜」
「それなら食べ物はあきらめな」
「嫌だー! そんな事言わずに、その、その、お腰のおにぎりを一つこっちに転がしてよ〜」
「嫌だね」
「くれないんなら、実力行使だ」
城方の雑兵の一人が塀を乗り越えて近づいてきた。
柵(さく)を乗り越えて織田方の陣地に入ってこようとした。
織田方の雑兵は警告した。
「やめろ! 近づくな! 撃つぞっ!」
「そんなこといわずに、おにぎりぃ〜」
構わず雑兵は柵を乗り越えようとした。
だぁーん!
織田方の雑兵は発砲した。
柵を乗り越えようとした雑兵は、
ぶしゅぽー!
頭から血しぶきを上げて向こう側に落下した。
どう! ゴロンゴロンゴロン!
城方の仲間たちが転がり落ちてきた雑兵のもとに集まってきて騒いだ。
「ああっ! 頭を撃ち抜かれて死んでる!」
「ひでえ! おにぎりねだっただけなのに、殺すことないだろ!」
「かわいそうに〜」
仲間たちは雑兵を城内へ運び入れようとしたが、みなみな空腹過ぎて力が入らなかった。
「ダメだ。持ち上がらない」
「かわいそうだが、このまま置いておくか」
「あー、手がベタベタ〜」
「血まみれだな。お前、こいつの頭、触ったのか?」
「ええ、運ぼうとして」
ペロペロ。
「うーん血の味〜、甘酸っぱい〜、元気が出る〜」
「元気が出る!? 俺もなめよっ!」
別の仲間が転げ落ちた雑兵の頭をなめ回した。
べろべろべろべろ!
「確かに。――おっ、こっちの方、なんか味が違うぞ!」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺーろ。
「それ、飛び散った脳みそじゃねえ?」
ベロベロベロベロ、ベムベラベロ。
「濃厚〜、脳みそ、うまっ!」
ぺろぺろぺろぺろぺぺろんちーの。
「ああっ、なめ尽くしちゃったぜ。もう脳みそ、飛び散ってないかな〜」
仲間の一人が、転げ落ちた雑兵の頭をポンポンたたいて言った。
「外にはもうないけど、この中にはまだ入っていると思うよ」
「だよね〜」
ドカドカドカ!
仲間たちは雑兵の頭蓋骨(ずがいこつ)をナタがかち割ってみた。
ぱか!
どろどろりーん、くり〜むしちゅ〜。
案の定、中にはねっとりとした脳みそが詰まっていた。
仲間たちは歓喜した。
「あったぜー!」
「こいつ、頭良かったんだな! たっぷり詰まってるぜー!」
「脳みそヤッホー!」
仲間たちは争って脳みそをすくって食べた。
がつがつ! がつがつ!
ちゅっぱちゅっぱちゃっぷす!
べろべろべろべろりん!
「うめー!」
「脳みそサイコー!」
「これ、あかんやつや! このうまさ知ったら、他のもん食べれへんくなるやつやー!」
ぬっちゃ!ぬっちゃ!
ぐっちゃん!ぐっちゃん!
じゅるじゅるじゅる! じゅーど・ろー!
まるで雲丹(うに)か生牡蠣(なまがき)でも食べているかのようであった。
脳みそ食って元気が出た仲間の一人が、織田方の柵を乗り越えて挨拶した。
「よう!」
織田方の雑兵は面食らった。
「何の用だ? 帰んな! おにぎりはあげないって言っただろ!」
元気が出た仲間はニヤリとした。目をギラギラさせて近づいてきた。
「おにぎりなんていらないさー」
「何だと? おにぎり以外も何もあげないぞっ」
「おぬし、頭大きいな」
「余計なお世話だ」
「たまんねー! 脳みそ食わせろやー!」
ガブッ!
「!!」
元気が出た仲間は、いきなり織田方の雑兵の頭にかぶりつくと、ナタを振りかざして襲いかかってきた。
じゅば!
しかし、織田方の雑兵の太刀のほうが強かった。
どた!
元気が出た仲間は、斬られて組み伏せられてもなお手を差し出してきた。
「脳みそおぉ〜!」
「やかましい!」
ぶさぁ!
「あああ、いてぇぇ〜、致命傷やぁぁ〜、でもでも、死ぬ前にせめて脳みそを、ひとくちぃぃ〜」
「しぶてーな! 死ねやー!」
ぶすうぅ!
織田方の雑兵は、元気が出た仲間にとどめを刺すと、
「うんしょっ!」
どかかか!
柵の外に遺体を投げ捨てた。
柵の外ではまた城方の雑兵が集まってきた。
さっきより大勢集まってきた。
「ああ、またやられたか!?」
「かわいそうだが、死んだら仕方ない。脳みそ食べて供養してあげよう」
「脳みそって、本当にうまいんか?」
「食べてみな。ちょっとびっくりするぜ」
「楽しみ〜。早く頭を開いて〜」
「よしよし、ナタを貸せ」
「はい、どうぞ」
「あ、ああ……」
「おい、待て!」
「どうした?」
「まだこいつ、息があるぞ。虫の息だけど」
「う、うう……」
「瀕死(ひんし)じゃーん。どっちみち助からないんだから、早く食べちゃおうよ〜」
「う!」
「たいていの食べ物は、活きが良いほうがうまいんだぞ」
「うっ! うっ!」
「活き脳みそっ! 活き脳みそっ!」
「えーい、我慢できねー! 死ぬ前に食べちゃえ!」
ドカドカカ!
「あ゛、あ゛あ゛……」
ばか!
ぷるぷるりーん、わらびもちぃ〜!
「おおっ、死んでる脳みそとは色からして違うぞっ!」
「鮮度が違うんだ! ぷるんぷるんしてる〜!」
パクッ。
「うんめー!!」
「やっぱり活きが良いと違うんだ〜」
「なにこれ! バカウマ〜!」
「しらこや! あんきもや!」
「とろけちゃうーん!」
「どけっ! おらにも食わせろ!」
「コラッ!人のを盗るなっ!」
「いいじゃないか、いっぱいあるんだから〜」
「いっぱいもないよ! こんな大勢で食べたら、一人分なんてほんの少しだぜ」
「俺にいい考えがある」
「どんな?」
「お前も脳みそになればいいんだ」
「!」
「お前も死んで脳みそが増えれば、大勢で食べてもお腹いっぱいになる」
「!!」
「死ねー!」
ボカン!
「ひっ、人殺しー!」
「やかましい! こいつは人じゃねえ! 脳みそっていう食糧なんだよーっ!!」
ういーん、ぱっくり!
「わーい、パンパン! みんなもおいで! 生きてるうちに食っちまおう!!」
兵糧が尽きてくると、雑兵たちはバタバタ餓死していった。
餓死した者は、まず脳みそを抜き取られた。
「おい」
「何?」
「ここに餓死しそうな人が倒れていただろ? どこへやった?」
「どこにもやらないよ。まだ倒れているでしょ?」
「胴体は倒れているが、首がない」
「そのなの?」
「さてはおまえ、脳みそ食べただろ?」
「はにゃ?」
「ごまかすじゃねぇー! 俺が後で食べようと思っていたのに、今夜のごはんだったのに、どーして独り占めするんだよっー!」
「ごめーん、君にも残しておこうと思ったけど、ついついやめられない止まらないで全部食べちゃったんだよ〜」
「おわびしろよな」
「え?」
「本当に悪いと思っているんなら、誠意を見せてみろよ!」
「ど、どうすれば?」
「頭開いて脳みそ、差し出してみろよっ!」
「!!」
「さあ!」
「嫌だー! 逆にテメーのミソ、食ってやるぜぇー!!」
「!!!」
十月になると、幹部の兵糧すらわずかになってきた。
経家は、日々小さくなっていくおにぎりを一粒ずつ味わって食べながら嘆いた。
「これではジリ貧だ。今日より明日、明日より明後日、明後日より明後日にはますます動けなくなる。打って出るなら今のうちであろう」
家臣の静間源兵衛(しずまげんべえ)が首を横に振った。
「すでに下々の者たちの兵糧は尽き果てています。城兵たちは少しでも腹が減らないように寝てばかりいるんです。もはや城内には打って出ようなんて元気のある者なんていますまい」
「兵糧がないのに、下々の者たちはいったい何を食べているんだ?」
「人を食っているんですよ」
「は? 言うことを聞かなくなったってことか?」
「いいえ、人肉を食べているんですよ」
「何だと? そんなもん、食えるもんか!」
「食えるそうですよ〜」
「うぷぷっ!」
「飢えた者にとっては、ごちそうだそうですよ〜」
「ぶぶっ、ゲホッ! ゲホッ!」
「中でも脳みそは、珍味中の珍味」
「ゲホン! ゲホン! おえーっ!!」
「櫓(やぐら)の下を御覧ください。下々の者たちの生活が垣間(かいま)見えますから」
経家は静間に促されるまま、櫓に上って眼下の郭(くるわ)を見渡してみた。
すると、下々の者たちがあちこちでもめごとを起こしていた。
「何をもめているんだ?」
「分かりませんか?」
「何かを奪い合っているようだ」
「そうですよ、奪い合っているんですよ」
「何を奪い合っているんだ?」
「首ですよ」
「敵将のか?」
「いいえ、味方の首ですよ」
「味方の首なんか奪い合ってどうするんだ?」
「さっき申し上げたじゃないですか」
「ま、まさか……」
「そうですよ。脳みそを食べるんですよ」
「ウププ! ギョエーーーー!!」
経家に叫び声に下々の者たちが気づいた。
「殿様じゃ!」
「殿様がお出ましじゃ!」
「わざわざお出ましくださって、我々に何か恵んでくださるのか!?」
みるみる櫓の下に下々の者立ちが集まってきた。
「恵んでくださるなら、脳みそがいい!」
「そうじゃ! 脳みそじゃ! おいらたちゃ何よりも脳みそが欲しい!」
「脳みそをおくれっ! 脳みそをおくれっ! 脳みそをおくれっ!」
合唱し始めた下々の者たちを見て、経家は血の涙を流した。
「何ということだ……。この者たちはとうに人間ではなくなっている……。しかし、こうさせたのは、全て城主である私の責任だ。もはやこの戦いは先が見えている……。どうせ負けるのであれば、私の命に代えてでも、この者たちを人間に戻してやりたい……」
経家は秀吉に降伏を打診した。
「私一人が切腹して開城するので、どうか城兵たちの命は助けてほしい」
が、秀吉は許さなかった。
「貴殿に責任はない。切腹すべきは主を追い出した不忠者、森下道誉や中村春続ら山名の旧臣たちだ。貴殿が切腹しなくても、この者たちが切腹すれば降伏を許す」
それでも、経家は引かなかった。
「森下や中村らの切腹は承りました。しかし、私には何より城兵たちを追い詰めた責任があります。私が死ななければ、開城はできません」
秀吉は経家の切腹を認めた。
酒食を彼に贈ると、検使として堀尾吉晴(ほりおよしはる。堀尾茂助)を遣わした。
「御首を頂戴にまいった」
「首桶はこの城に入った時から用意してある」
経家は秀吉の誓書に目を通すと、衣服を改めた。
越後の帷子(かたびら)と浅黄のしじらの袷(あわせ)を重ね、萌黄(もえぎ)の裏を付けた黒い羽織を着たという。
経家は堀尾に一礼すると、具足櫃(ぐそくびつ)に腰を掛けて静間に命じた。
「信長公の実検に入る首だ。上手に打てよ」
「ははっ」
経家は羽織を脱ぐと、着物を肩脱ぎにして刀を手に取って笑みをこぼした。
「日頃から稽古をしていることでもしくじることがある。私は切腹の稽古はしたことがないため、不格好になると思うが、笑うなよ」
「ははっ」
静間は涙の辛抱がたまらなかった。
経家は辞世の句を詠んだ。
もののふのとり伝えたる梓弓 かえるやもとの栖(すみか)なるらん
そして、
「えい!」
と、掛け声を上げて十文字に腹をかき切って、首を差し出すと、
「ごめん!」
ばしゃ!
静間が上手に介錯(かいしゃく)した。
時に天正九年(1581)十月二十五日(二十四日とも)。吉川経家の享年は三十五。
同日、経家の寵童らしき福光小三郎(ふくみつこさぶろう)と若鶴甚右衛門(わかづるじんえもん)と坂田孫三郎(さかたまごさぶろう)も殉死した。
また、森下道誉、中村春続、奈佐日本之介(なさやまとのすけ)、塩谷高清、佐々木三郎左衛門(ささきさぶろうざえもん)は、別の場所で自害している。