1.夫 役 | ||||||||||||||
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三次(さんじ)は百姓である。
農民のため苗字はない。
陸奥若松(わかまつ。福島県会津若松市)城主・蒲生秀行(がもうひでゆき。氏郷の子)の領国内、飯豊と高林の間にある「上高林(かみたかばやし。福島県天栄村)」という二十軒ほどの集落に住んでいた。
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現在の上高林(福島県天栄村)周辺 |
ある年の暮れ、家老で陸奥白河(しらかわ。福島県白河市)城代を務める町野氏吉(まちのうじよし)は、上高林の集落に夫役を課した。
「若松へ登城するので、お供がいる。数人でいい。今回は上高林から人を出すように」
氏吉は年四回、主君秀行のいる若松城へ登城することになっていた。
しかし、武士の家来を大勢連れて登城すれば人件費がかかる。
かといって家老としてのプライドがあるため、行列の数は減らせない。
そのため、武士の数を減らし、不足分を武士の格好をさせた百姓で補って登城するわけである。
今でいえば、正社員を減らして派遣社員やバイトを増やすようなものであろう。
「ははあー!さっそく人数を用意いたしまするー」
上高林では夫役を選ぶ会合が開かれた。
その一人に三次が選ばれたのである。
三次は帰って女房に報告した。
「おら、御家老さまのお供に選ばれちまったぜ」
「あんたが御家老さまのお供!」
女房は心配した。
「あんたはおっちょこちょいだから、御家老さまの御勘気に触れて、切り捨てられないでね」
いわゆる「切捨御免」ってやつである。
女房は瞳をウルウルさせて三次に迫った。
「あんたが殺されたら、あんたが死んじゃったら……、あたし、あたし……。うっ、うっ……」
「どうするんだよ?」
「一度だけ、泣いてあげるから」
「一度だけかいっ!」