2.失 態 | ||||||||||||||
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翌朝、三次は町野氏吉の供をするために白河城へ出かけることにした。
「行ってくる」
今日の三次は百姓ではなく、武士の格好をしていた。「なんちゃって武士」である。
「行ってらっしゃい」
女房は三次の武士姿に、ちょっとポーッとなっていた。
「昨晩、夢を見たの」
「どんな夢?」
「あなたが打ち首獄門にされる夢」
「されないって!縁起でもないこと言うな!」
「御家老さまを怒らせないでねっ。絶対絶対、無礼なことをしちゃだめだからねっ」
「くどいっ!」
三次は氏吉以下数人の武士と数人の夫役とともに若松城へ登城した。
別段、行きは何事も起こらなかった。
(よかった。あとは白河へ帰るだけだ」
が、事件は帰りに起こった。
久来石(きゅうらいし。福島県鏡石町)の村はずれで、氏吉が目のカタキにしているライバルの重臣の行列と出くわしたのである。
氏吉は感づいた。
(ヤツだ。ヤツの行列だ)
実は蒲生家の家臣たちは互いに仲が悪く、争いごとが絶えなかった。
このライバルの重臣が誰かは明らかではないが、家老氏吉に匹敵する実力を持つ者は、蒲生一族の誰かには違いない。
蒲生某も、迫ってくる行列の主が氏吉だということに気づいたはずである。
(ほう。町野の行列か。殿にどんなゴマをすってきたことやら)
二つの行列はバチバチと火花を散らしながらすれ違った。
いや、散ったのは火花だけではなかった。
ぷうぅう〜〜〜!
すれ違い様に間抜けた音が、蒲生某の行列からぶっ放されたのである。
こいたのは、某側の夫役であった。
もわわ〜〜〜ん。
音は、においつきであった。
においは煙となり、ただよい、氏吉の眼前でモヤモヤした。
そのため、彼はそれを思いっきり吸引してしまった。
スーッ。
「ぶほっ!」
氏吉はむせた。
(なんだこれはあー!)
余りのクササにメラメラと怒りが込み上げてきた。
(おのれっ!)
氏吉は思わずかごから首を出した。
そして、
「無礼者っ!」
と、蒲生某の夫役を叱(しか)りつけようとした。
が、できなかった。
ブオーン!バオオーン!
間髪をいれずに後方から爆音がとどろいたためである。
振り返ってみると、爆音の主は三次であった。
よりにもよって、うちの夫役の三次であった。
「くう〜!」
氏吉は蒲生某の夫役を叱ることができなくなった。
何しろこっちの夫役のほうが相手をしのぐ屁(へ)をしてしまったため、怒る理由がなくなってしまったのである。
氏吉はキッと三次をにらみつけると、ムッとして首をかごの中に引っ込めてしまった。
結果、二つの行列が血を見ることはなかった。
しかし三次は恐怖した。
(やべっ!)
氏吉は三次をにらんでいた。
(コノヤロウ!何をしてくれるんだ!)
憤怒(ふんぬ)の形相で自分をにらみつけていた。
三次は昨晩の女房の言葉を思い出した。
『あんたはおっちょこちょいだから、御家老さまの御勘気に触れて、切り捨てられないでね』
三次は不安になった。
今朝の女房の言葉も思い出した。
『昨晩、夢を見たの。――あなたが打ち首獄門にされる夢』
三次は身震いした。背筋がゾクゾクし、体がガタガタ震え始めた。
(まさか、そんなことはあるまい。おらはそれほどのことはしていない)
三次は自分に言い聞かせた。