2.鬼嫁のいぬ間に

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花盛りのゲス
1.妖怪チャラ男
2.鬼嫁のいぬ間に
3.鬼義母は見た!
4.鬼嫁の名のもとに

 亀の前はイケメンチャラ男の愛人になった。
 イケメンチャラ男とは源頼朝――。
 後の鎌倉幕府初代将軍である
(「清和源氏系図」参照)
 当然、彼の正妻は、最強の鬼嫁・北条政子
(「北条氏系図」参照)
「あなた」
「何だい?」
「浮気してませんよね?」
「してない!してない!」
「二重否定は肯定だと思うんですけど」
「……」
「いいわよ、別に」
「へ?」
「私の耳に入ってこなければ、浮気してもいいわよ」
「……」
「でも、ほんの少しでも入ってきたら、その女、ただじゃおかないから」
「……」
 頼朝は声も上げられなかった。
 ボキ!ボキキ!ボキボキボキッ!
 指を鳴らす政子の笑顔は格別であった。
(怖えぇーよぉー!)

 頼朝は必死で亀の前の存在を隠した。
 せっかくの愛人なのに、警戒して逢いにも行けなかった。
 逢いに行こうと思い立つと、決まって政子に感づかれるのである。
「どこ行くの?」
「あの、その、あの……」
「妾のところ?」
「違う!仕事仕事っ!」
「男が浮気する時の口実って、決まって仕事なのよねー」
「……」
 頼朝はどうしようもなかった。
 鉄壁の政子の守りにスキはなかった。

 養和二年(1182)二月、政子の鉄壁に、ついにほころびが生じた。
「できちゃった」
 妊娠したのである。
「それはよかった!」
 頼朝は嬉しかった。嬉しさ倍増であった。
(浮気の夜明けだ!)

 頼朝はテストしてみることにした。
 右筆
(ゆうひつ)・伏見広綱(ふしみひろつな)を呼びつけた。
「書状を書いてほしい」
「いつも書いておりますが」
「公の文書ではない。私のだ」
「と、おっしゃいますと?」
「恋文だ」
「御台様にですか?」
「いや、別の女に」
「ゲッ!それは御台様がお許しにならないでしょう」
「妻は身重でそれどころではなくなった。体も心も鈍くなっている今が好機かもしれぬ」
「……。ゲスですな〜」
「何とでも言うがいい。恋文を書いてくれればそれでいいのだ」

 頼朝は試しに兄嫁(故源義平の妻」)に恋文を送ってみた。
 兄嫁は断ったが、政子が感づくことはなかった。
(やっぱり鈍くなっているんだ……)
 そうと分かった頼朝は、すなわち行動に出た。
 鎌倉の近く小窪
(こくぼ。小坪。神奈川県逗子市)にある側近・小忠太光家(こちゅうだみついえ)の邸宅に亀の前を住まわせたのである。
 で、政子には毎回、
「由比ヶ浜
(ゆいがはま。鎌倉市)に安産祈願のみそぎをしてくるからな」
 と、ウソをついて密かに逢いに行ったのである。
「亀ちゃーん!」
「頼さまー!」
「あいたくてたまらない病だったんだよー。亀ちゃんに裏切られたら死ぬところだったんだよ〜」
「あたしもー」

 寿永元年(1182)七月、臨月が近くなった政子は、出産のため比企谷(ひきがや。鎌倉市)の比企尼(ひきのあま。頼朝の乳母)邸に引っ越した。
 頼朝は歓喜した。
「やったぜー!鬼嫁不在!俺様天下!」
 頼朝はさらなる行動に出た。
 より鎌倉に近い飯島
(いいじま。横浜市栄区)にある伏見広綱の邸宅に亀の前を住まわせ、しょっちゅう逢いに行くようになったのである。
「かめ〜」
「なあに?」
鎌倉に来ない?」
「行く行く〜」
「今夜は誰のもの?今夜は……」
「キャ〜」

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