1.いただきますの虎 | ||||||||||||||
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『うわー!』
トリは叫んだ。
『ノーッ!』
マーも嫌がった。
『鬼いー!』
フクはののしった。
『ゴメンナサイ〜!』
ゴメは逃げた。
『捕まんねーぞ!』
ウエは足が速かった。
『ボクもだー』
ヤマも負けていなかった。
『追いつかれちゃうよ〜』
イマは息切れしていた。
七匹は兄弟の子虎であった。
母虎ワダに襲われていたのであった。
『ガオー!食べちゃうぞー!』
冗談ではなかった。
ワダは本気で子供たちを食べようとしていた。
『待ちやがれー!アタシャ、飢えてんだよぉー!』
カプッ!
食べごたえのあるゴメが捕まった。
『ギャー!ギャー!』
ゴメは暴れたが、キバが食い込んで外れなかった。
暴れれば暴れるほど、痛くてぐったりしてきた。
『オーマイゴッド〜』
ゴメはあきらめた。
短かった虎生の走馬灯が回り始めた。
その時、救世主が現れた。
「やめなさい!」
それは私であった。
「子虎を放してあげなさい!」
ワダは聞かなかった。
『ゴハン中なのよ。用があるなら後にして』
私はあきれた。
「実の子をゴハンとは、何たる地獄じゃ」
ワダは怒った。
『しょうがないでしょ!しょっちゅう地震は起こるし、あちこち火山が噴火してるし、飢饉か何だか知らないけど、獲物が全然いなくなっちゃったんだから。この子たちでも食べなきゃ、アタシャ生きていけないのよっ』
「獲物ならここにいる」
『え?』
「獲物が欲しければ、真っ先にここにいる獲物を食べるがよい」
『どこに?』
「お前の目の前にいる老人が見えないのか?」
私はニヤリとすると、錫杖(しゃくじょう)の柄で自分を指した。
ワダは驚いて聞いた。
『あんたのことかい?』
「そうだ」
ワダはガハハと笑った。
『あんたって、バカ?』
「バカ?」
『そうよ、バカよ!この世界のどこに自分から食われに行く生き物がいるの?そんなの生き物じゃないわ!それともあたしらが油断して近づいたところを、その棒で殴り殺して逆に食べるつもり?』
「そんなつもりはない!」
私は錫杖を投げ捨てた。
座禅を組んで目を閉じた。
「私はただ、その子たちを救いたいだけなのじゃ!お前を母が子を食う地獄から救済したいだけなのじゃ!さあ!子の代わりに私を食べるがいい!次の獲物が見つかるまでのつなぎにするがいい!さあさあ!」
『本気なら、遠慮なくそうさせてもらうわ』
ワダは近づいてきた。
ガブリ!
そして、私の肩にかぶりついた。
私は痛かった。
痛み止めに読経してみたが、全然効かずにスゲー痛かった。
(我慢じゃ〜)
私は耐えた。
(そうじゃ、私はいつもこうやって生きてきた。私は争いが嫌いだった。私自身は争わず、争っている人を見れば、何とかしてやめさせようとした。困っている人を見たら助けようとした。虎も人と同じじゃ。虎の親子の争いも止めるべきじゃ。困っている虎は助けるべきじゃ。そういえば、釈迦(しゃか)の前世の最期も、虎に食われて終わったという。私は釈迦と同じじゃ。ありがたいことじゃ)
ガリガリ!
ボキ!ボキキ!
私は虎に食われながら、これまでの生涯を思い出した。