★ 木俣神の憂鬱 | ||||||||||||||
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木俣神 PROFILE | |
【生没年】 | ?-? |
【別 名】 | 木股神・御井神 |
【出 身】 | 葦原の中つ国 |
【本 拠】 | 葦原の中つ国 |
【職 業】 | 木・井戸の神 |
【 父 】 | 大国主神 |
【 母 】 | 八上比較売 |
【継 母】 | 須勢理毘売ら |
【霊 地】 | 各地の御井神社 大井神社(京都府亀岡市)など |
「どういうこと?」
父ちゃんは迫られていた。
母ちゃんに追い詰められていた。
ボクちゃんはまだ赤ちゃんなので、
「ばぶう」
とか言っていた。
「ねえ、どういうことですか?」
「……」
「黙ってちゃ分からないでしょ!」
ボクちゃんはびっくりして、
「んぎゃわー」
と、泣いた。
父ちゃんが目を泳がせながら重い口を開いた。
「もうすぐこの家に妻がやって来る……」
「はあ?」
母ちゃんは理解できなかった。
「妻って、誰の?」
「わしのだ」
「!」
「わしは結婚したんだ!結婚させられちまったんだ!わしの落ち度じゃない!仕方なかったんだっ!」
「……」
「だからもう、お前はこの家から出てってくれ」
「……」
「いては困るんだ!今すぐ出てってくれ!もうすぐ新妻が来てしまうんだっ!」
母ちゃんはボロボロ涙をこぼした。
「あなたにはたくさんの兄がいました……」
「ああ」
「あなたのたくさんの兄たちは、全員そろって私に求婚しました……」
「そんなこともあったな」
「私はそれらすべてを断って、あなたと結婚したんですよっ!(「卯年味」参照)」
「……」
「そんな私に、この家から出てけって言うんですかっ?」
「……」
「あんまりですっ!」
「悪かったと思っている。わしは金持ちだ。後で相当な補償はする。だから今は黙って引き下がってくれ。その方がお前のためだ」
母ちゃんは恨めしそうに聞いた。
「どこのオンナ?」
「はい?」
「新しい妻ってオンナは、いったいどこの馬の骨かって聞いてるのよっ!」
「根の国の王・素戔嗚尊(すさのおのみこと。「神々系図」「倭国味」参照)の娘だ」
馬の骨なんかではなかった。母ちゃんでも知っている最強の太守であった。
「で、何て名前のオンナ?」
「須勢理毘売(すせりびめ)だ」
「え?なに?」
「須勢理毘売……」
「はあ?聞こえなかったわ。もう一度言ってっ」
「スセリビメッ!」
「あなたって、そのオンナの名前を呼ぶたびに、顔がニヤつくのね」
「……」
「何か、すんごいムカつくんだけどっ」
「……。あはは!そんなの出戻れば静まるよ。さあ、さあ、坊やを連れてとっとと実家へお帰りっ」
「キーッ!分かったわよ!とっとと帰りゃいいんでしょがあー!」
「よしよし。聞き分けのいい子だ」
父ちゃんはボクちゃんを抱いた母ちゃんを玄関の方へ押しやった。
「でも、坊やはここに置いてくっ」
母ちゃんはボクちゃんを下した。
「ダメだ。坊やは君が持って帰るんだ。こんなのいたら新妻に半殺しにされる」
父ちゃんが抱き上げて押し返した。
「そのぐらい当然の報いよ!私は再婚するのよっ!子持ちじゃ再婚しにくいのよっ!」
「人のオンナの将来なんか、新婚なわしの知ったこっちゃない」
「ひどっ!サイテー!こんな最低で薄情な男だったとは思わなかったわっ!」
「はいはいはい。これであきらめがついただろ〜ん?」
結局、ボクちゃんは母ちゃんとともに家からおっぽり出された。
「悔しーよ〜」
母ちゃんは家の前でしばらく泣いていたが、せんなきことなので、ボクちゃんを抱いてイナバの実家に出戻ることにした。
「帰ろっか」
母ちゃんは歩き出した。
でも、ボクちゃんが、
「だー」
と、庭の木を指さしたため、立ち止まって聞いた。
「あの木に乗りたいの?」
「ばぶ」
「そう。乗せてあげるね」
母ちゃんはボクちゃんを木の上に乗せてくれた。
「キャッキャッ!」
はしゃいでも落ちないように、ボクちゃんの体をぐいっと鋭角な木の股に挟み込んでくれた。
「ひゃー!ひゃー!」
「これで暴れても落ちないよね」
「キャハハン!」
「ふーん。そんなにたのしーの?」
「きゃいきゃい!」
「だったら一生そこにいなさい」
「ほえ?」
「さよなら。坊や」
「ほよ?」
母ちゃんは去っていった。
「ほよよ!」
そして、もう二度と戻ってこなかった。
母ちゃんはボクちゃんを置いてけぼりにして独りで実家に帰ってしまったのである。
「ほえ!ほえ!」
ボクちゃんは非常事態を悟って暴れた。
ばたた!ばたた!
どんなに暴れても、鋭角な木の股に体をはさまれていたために身動き取れなかった。
「ほえあ!ほえあ!」
どんなに泣いても、周りにはもう誰もいなかった。
でも、いた。
父ちゃんの新妻・須勢理毘売がちょうどこの家にやって来たのである。
「ほえあ!ほえあ!」
須勢理毘売は木の股に挟まれて泣いていたボクちゃんに気付いてくれた。
「あら。こんなところに赤ちゃん」
須勢理毘売は「うんしょ」とボクちゃんを引っこ抜くと、抱いて家の中に入った。
「ただいまー」
「おう。遅かったな」
出迎えた父ちゃんが須勢理毘売の顔を見てニヤッとし、彼女が抱いていたボクちゃんを見て凍りついた。
「この赤ちゃん、庭の木の股に挟んであったわ」
「……」
「いったい誰がこんなひどいことを……。心当たり、ある?」
「……。へ!木の股から赤ちゃんが!世の中、不思議なことがあるもんだ〜。あははは!」
父ちゃんが笑っても須勢理毘売は笑わなかった。
「ねえ。この赤ちゃんは誰の子?」
父ちゃんはすっとぼけた。
「し、し、知らねーよ!見かけない子だねー。いったいどこの子だあはは!」
須勢理毘売は聞き直した。
「ねえ。このあなたそっくりの顔した赤ちゃんは誰の子?」
「……!」
父ちゃんはまたしても追いつめられた。
父ちゃんは、ボクちゃんの顔を指さしてごまかした。
「命名!その坊やの名前は、木俣神(きのまたのかみ・きまたのかみ。木股神。「神々系図」参照)!木の股から生まれたからキノマタノカミ!まんまじゃねえか!あははははあはあ〜」
(「仲直味」へつづく)
[2012年5月末日執筆]
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