ホーム>バックナンバー2020>令和二年12月号(通算230号)隠蔽味 藤井紋太夫手討1.序
「上様」
「何だ?」
「水戸の老公の件ですが」
「おお。かわいい犬たちの天敵ジジイがどうした?」
常陸水戸前藩主・徳川光圀は、将軍・徳川綱吉の生類憐れみの令に反発し、犬を殺して毛皮を送りつける嫌がらせをしていた。
「その天敵ジジイが江戸に来ております」
「四年ぶりだそうだな?」
「泳がせておりますので、尻尾を出すのは時間の問題かと」
「シッポ?」
「はい。どんな善人でも、たたけばほこりが出るものでございます」
「老公は正義の味方ではないのか?」
「いえいえ。ヤツの正体はとんでもないワルでございますよ」
「若い頃は不良だったことは知っておるぞ。そんなものはワルとは言わない。昔話は武勇伝にしかならない」
「昔のことではありません。今の話です。老公は陰謀をめぐらしています」
「陰謀だと!?」
「はい。これは老公だけの問題では収まりますまい。うわさが真実であれば、水戸藩は取りつぶしでしょう」
「改易は大げさだろう。水戸藩は御三家だ」
「陰謀の内容を聞けば、大げさとは思いますまい」
「どんな陰謀なんだ?」
柳沢保明は耳元でコショコショと明かした。
綱吉は震え上がった。
「余にとって、それ以上に恐ろしい陰謀が他にあろうか?」
「で、ございましょう。御安心ください。一味の行動は逐一監視させております」
「単なるうわさではないのか? 情報の出どころはどこだ?」
「水戸藩江戸家老・藤井紋太夫徳昭(ふじいもんだゆうのりあき)の身内です」
「信憑性(しんぴょうせい)が高いようだな」
「藤井紋太夫を呼びつけましょうか?」
「いや、事は重大だ。呼びつける時は老公も一緒にだ。余自ら二人を問いただしてくれる」
「それはようございます。同時に問いただせば、ウソはつけますまい」